これは現実的な実装がすぐ可能という意味ではなく、理論上の上限や原理的な可能性を明らかにしたということです。
実際、著者らは論文中で「動的な時空は静的背景では不可能な情報処理タスクを可能にするだろうか?」と問いかけています。
これはちょうど、量子計算が古典計算では不可能なタスクを実現するかを問うのに似ています。
重力によって因果順序を変えられれば、現在のコンピューターでは解けない問題を解決できる可能性があるという大胆な発想です。
さらに興味深いことに、この不等式の違反は重力波の検出とも関係しうると指摘されています。
違反が観測されること自体が曲率変化のサインですから、例えば遠方で発生した重力波がゲーム空間を通過して時空をわずかに揺さぶれば、それによって勝率が上昇し11/12の壁を越える可能性があります。
著者らも「この手法は重力波の検出に使えるかもしれない」と述べ、将来的な応用に言及しています。
重力波検出器といえば巨大なレーザー干渉計が思い浮かびますが、もしかすると未来には「多人数ゲーム」の統計から重力波を炙り出す、といった奇抜な技術も登場するかもしれません。
本研究には第三者の専門家も注目しており、フランス・パリ=サクレー大学のパブロ・アリギー教授(量子計算・量子重力研究者)は「ブラックホールの縁でタイムスロウ(時間の遅れ)を利用して計算する、そんな極端なアイデアにも一般的な物差しができた。」とコメントしています。
例えばブラックホール近辺では強烈な重力場によって時間の進み方が遅れるため、これを利用した「重力計算」のSF的アイデアさえあります。
しかし従来そうした議論を評価する統一的な指標はありませんでした。
今回提案された不等式は、そうした突拍子もないアイデアにも客観的な基準を与えてくれる可能性があります。
言い換えれば、「重力で計算する」とはどのような現象であり何が可能で何が不可能なのか、議論するための共通言語が生まれつつあるのです。