脳も目も持たない単細胞の微生物が、まるで意思を持つかのようにスイスイと液体中を泳ぐ――そんな不思議な現象の秘密が明らかになりました。
オーストリアのウィーン工科大学(TU Wien)と米国の研究チームがコンピューター上で微生物のモデルを再現し、脳も目もない単細胞生物が〈数珠つなぎのビーズ〉のような体をわずか約60個のパラメータで制御するだけで滑らかに泳げることを発見しました。
この分散知能は中央の脳型制御をどこまで代替し、ナノサイズの薬剤デリバリーロボット開発を加速させるのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年5月8日に『Communications Physics』にて発表されました。
目次
- “脳ゼロ×分散型”という難題
- 分散型情報処理システムが単細胞生物を優雅に泳がせる
- 分散ルールが拓くナノボット革命
“脳ゼロ×分散型”という難題

細菌やアメーバのような単細胞生物たちは、自力で液体の中を目的の方向へ移動することができます。
顕微鏡でゾウリムシやミドリムシを見たことがあるなら、彼らの思いのほかの素早い動作に驚いたことがあるでしょう。
こうした単細胞生物の体構造は極めて単純で、脳や神経のような中央の制御装置を持ちません。
多細胞生物であれば、脳が各部位(筋肉など)に命令を出すことで体を動かす仕組みが理解できます。
しかし単細胞の微生物には命令を下す司令塔がなく、一体どうやって協調的な運動を実現しているのでしょうか。
研究チームはこの根源的な疑問に着目しました。
ウィーン工科大学やウィーン大学、米タフツ大学の研究者からなる国際チームは、「各部分がごく簡単なルールに従うだけで、全体として滑らかな泳ぎが生まれる条件は何か」という問題を解明しようとしたのです。
筆頭著者のベネディクト・ハートル氏(ウィーン工科大学・タフツ大学)は「単純な微生物はいくつかの部分から構成されており、ちょうど真珠を紐でつないだようなものだと考えられます」と述べ、脳がなくても各部位同士の相互作用で運動が生まれる可能性について発想を語っています。