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はじめに

欧州連合(EU)は、エネルギー、環境、農業、工業など広範な分野で「理念先行型」の政策を推進し、世界に対して強い影響力を行使してきた。その中心には「グリーンディール」「Fit for 55」「サーキュラーエコノミー」など、持続可能性や脱炭素を前面に打ち出したビジョンがある。これらの政策は、一見すると人類全体の持続的発展を目指す高尚な試みに見えるが、その実態は複雑かつ矛盾を孕んでいる。

1. EUの理念先行型政策の理想と現実

しかし、その理念の裏にある現実は、必ずしも政策の理想に追いついていない。2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、エネルギー安全保障の問題がEU各国に深刻な形でのしかかった。ドイツをはじめとする国々は、これまでロシアから天然ガス(NG)をパイプラインで安価かつ安定的に輸入していたが、これが一挙に停止した。さらにノードストリーム2パイプラインが爆破され、EUのエネルギー政策は一気に混乱に陥った。これにより、EU諸国は急遽、身勝手な代替エネルギーの確保に奔走し、LNGの輸入拡大や新たな供給国の開拓を進めるなど、場当たり的な対応を迫られた。

再生可能エネルギー(再エネ)を柱とするはずだったドイツでは、風が吹かない、太陽が照らないといった「自然頼み」のリスクが現実化し、停止していた石炭火力発電所を再稼働せざるを得ない事態に陥った。理念と現実のギャップが露わとなった瞬間である。加えて、系統安定性の確保、蓄電池の高コスト、送電インフラの脆弱性といった技術的課題も噴出し、再エネ一辺倒の脆さが浮き彫りとなった。

また、EUは2035年以降、内燃機関を搭載した新車の販売を原則禁止するという政策を打ち出したが、その後「e-fuel(合成燃料)」を使った車の販売は例外とする方向に方針を転換した。こうした方針転換は、政策決定者たちの現実軽視と理念優先の姿勢が破綻していることを象徴している。