日々身近な相手のケアに追われることで生活リズムが崩れたり、心理的ストレスが増えたりすれば、それ自体がうつ悪化の一因になりえますし、ストレスホルモンの増加は体内の微生物バランスを変えてしまうことも十分ありえます。
論文でも「キスによって本当にうつや不安傾向が伝播したのかどうかを断定するには、さらなる検証が不可欠だ」と強調しています。
今後、介入試験などで細菌叢を意図的に操作することで気分が改善・悪化するのか検証できれば、因果の有無が明らかになるでしょう。
それでも今回の知見は、パーソナライズド医療(個別化医療)や予防医学の観点から興味深い可能性を示唆しています。
もしパートナー間の微生物伝播がメンタルヘルスに影響するのであれば、今後は心の健康管理に「細菌」の視点を組み込む必要が出てくるかもしれません。
たとえば、うつ病の治療や予防において本人だけでなく家族ぐるみで生活習慣や口腔ケアに取り組んだり、プロバイオティクス(善玉菌)による介入を検討したりといった、新たなアプローチが考えられます。
何より、この研究から浮かび上がるのは「結婚相手を選ぶ」ということは「その人の細菌叢を選ぶ」ことでもあるというユニークな視点です。
人生のパートナーを選ぶとは、実は相手の体内に棲む無数の微生物たちも含めて受け入れることだ――そんな風に考えると、日々のキスの意味が少し違って見えてくるのではないでしょうか。
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元論文
Oral Microbiota Transmission Partially Mediates Depression and Anxiety in Newlywed Couples
http://dx.doi.org/10.14218/ERHM.2025.00013
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。