しかし、どんなにレーザーで冷却しても原子はわずかにプルプルと振動する(熱による“じたばた”運動)ため、完全には静止させられません。
この微妙な振動は量子状態の制御を乱すノイズとなり、長年研究者を悩ませてきました。
研究チームはこの「厄介者の振動」を逆手に取るという発想の転換を行いました。
まず、原子を従来法より一段優れた方法で極限まで冷却し、ほとんど動かない状態にします。
鍵となるのは「エラージャ冷却(erasure cooling)」と呼ばれる新手法です。
これは一種の「いちいち測って訂正」する手法で、装置内の原子の運動エネルギーを一つひとつ測定し、それに応じて個別に操作を加えて振動を取り除くことにより、全体を冷却するというものです。
非常に手間がかかりますが、確実に全体を冷却するのにあたり非常に有効な手法です。
研究チームによれば、この方法は従来のレーザー冷却だけを用いた場合を大きく上回る精度で原子を静止状態に近づけられるといいます。
こうしてほぼ完全に静止した状態まで冷やすことに成功し、温度にして絶対零度(-273.15℃)にごく近い極低温に到達しました。
次に研究者たちは、静止した原子に対してあえてわずかな“揺らぎ”を与える操作を行いました。
それは、原子をあたかも振り子のように小さく揺り動かすことで、量子力学に基づく重ね合わせ(スーパーポジション)の振動状態を実現するためです。
振幅は数十ナノメートル程度と推測され、ごく小さいものですが、原子にとっては確かに揺れとして認識されます。
この状態を解説するなら、ちょうどブランコを両側から同時に押すようなイメージに近いでしょう。
こうした振動の重ね合わせを与えられた複数の原子たちは、ペアになるよう隣同士で量子もつれ状態を作り出されました。
具体的には、ある原子Aの振動状態と、少し離れた位置にある原子Bの振動状態とがもつれ合い、お互いの運動がミクロの振り子同士で同期するような相関関係が生まれたのです。