この現象について、論文の第一著者であるラファウ・ガイエフスキ氏(スウォンジー大学物理学科博士課程)「我々の研究から、測定が不可能な状況を作り出せれば撹乱も消えることが示されました。理論モデルでは、半球状の鏡の中心に粒子を置いて光学的に閉じ込めたとき、ある特定の条件下で粒子が鏡像と完全に同一となり、散乱光から位置情報を取り出せなくなります。このとき量子バックアクション(測定による微小なキック)は同時に消滅するのです」と述べています。

つまり「測れなければ、押されることもない」というわけです。

著者らの解析によれば、完全なバックアクション抑制が成立するにはいくつかの重要な条件があります。

第一に、上述のように鏡は粒子を半球状に覆う十分な大きさ(空間全体の二分の一の立体角をカバー)を持ち、かつ理想的な高い反射率を有する必要があります。

鏡の反射率が不十分だと、一部の光が鏡を透過・吸収して逃げてしまい、効果が減少するためです。

第二に、粒子が配置される位置はレーザー定在波の強度が極大となる“波の腹”に合わせる必要があります。

著者らは鏡のサイズやレーザーの焦点位置を適切に選べばこの条件を満たせることも示しています。

興味深いことに、これらの条件が整った系では散乱光の強度が最大になるにも関わらず、肝心の位置情報だけが完全に欠落します。

一見すると「光をたくさん当てて測定しているのに、何も分からない」という逆説的な状況ですが、量子論はこの情報と撹乱のトレードオフを厳格に律しています。

実際、本手法で実現する状態は、測定の精度と撹乱の関係が不確定性原理の限界値(ヘイゼンバーグ極限)にちょうど一致することも確認されました。

レーザー光の強度(測定の「明るさ」)を下げたりすることなく、環境側の工夫だけでこの量子限界に到達できた点は特筆に値するといえます。

情報と擾乱──量子取引の新レート

情報と擾乱──量子取引の新レート
情報と擾乱──量子取引の新レート / Credit:clip studio . 川勝康弘