まず“反ドジッター空間”とは、宇宙が内側へとわずかに湾曲している巨大なボウルのような三次元空間を想像してください。
普通なら、このボウルは果てしなく続きますが、対応理論では途中に「エンド・オブ・ザ・ワールドブレーン(EOWブレーン)」という仕切り板を置いてボウルを切り取ります。
仕切り板より奥にはもう空間がありません。
このとき不思議なことに、仕切り板の表面――つまりボウルの端――に描かれる量子の絵(境界付き共形場理論)が、ボウル内部の重力の振る舞いと一対一で対応するようになります。
重力の難しい計算をしなくても、仕切り板の上で起こる量子現象を調べるだけで、内部の重力や時空のゆがみを言い当てられるわけです。
たとえるなら、巨大なミラーボールの内側に立っているとき、ボールの内壁に映った模様を見るだけで、その中で起きている立体的なショーの内容をそっくり把握できるようなものです。
境界(壁)をわざと作ることで「映像」がよりクリアになり、複雑な三次元のドラマを二次元のスクリーンで簡単に読む――それがAdS/BCFT対応の要点です。
つまり重力を記述する反ドジッター空間が 「EOWブレーン」 という境界で途切れ、その境界に量子側では対応する量子場理論が存在するという関係です。
単一の境界を持つ場合(1つのミニ宇宙と1つの終末壁ブレーン)については、この反ドジッター時空/境界付き共形場理論対応モデルが驚くほどよく機能し、2次元共形場理論(CFT)のブートストラップ計算で得られる結果を再現できることが報告されていました。
では複数の境界を持つ場合はどうでしょうか。
複数の異なる「端」を持つ量子場理論(複数のBCFT)同士が、重力側の時空でワームホールによって繋がっているような状況を考えると何が起きるのでしょうか?
近年、重力理論におけるワームホール(時空を繋ぐ抜け道)は、量子論側の複数の系の統計的な平均を表現している可能性が指摘されてきました。