この仮説は一見風変わりに思えるかもしれません。

しかし火の利用が普及した人類にとって、軽い火傷は身近で繰り返し起こる挑戦でした。

毎晩の焚き火や調理、狩猟の後始末など、日常のさまざまな場面で負う軽い火傷からいかに早く回復できるかが、生存や健康に影響したかもしれません。

逆に、滅多に起きない大火傷は、起これば命取りになるものの、その稀少さゆえに進化による救済措置が間に合わなかったとも言えます。

まさに「火は人類に文明を与えると同時に、その炎で進化をも形作った」のです。

では、人類の体はどのように軽い火傷へ「適応」したのでしょうか?

火との共存によって人類の遺伝子は書き換えられていた

火との共存によって人類の遺伝子は書き換えられていた
火との共存によって人類の遺伝子は書き換えられていた / Credit:Canva

人類はどのように軽い火傷へ「適応」したのか?

謎を解明すべくロンドンのインペリアル・カレッジなどの研究チームは遺伝子レベルでの分析を行いました。

彼らは人間と他の生物の火傷時の遺伝子の働きを比較し、人類特有の進化の痕跡を探したのです。

具体的には、火傷を負った人間とラットの皮膚で活性化する遺伝子群に注目し、その中でヒトとチンパンジーの間で進化の速度に差がある遺伝子を絞り込みました。

その結果、約94種類の遺伝子が火傷に対する反応として人とラットで共通して変動しました。

ですがそのうち10%ほどの遺伝子にヒト特有の正の選択(有利な変異が蓄積した形跡)が見られました。

通常、無作為な遺伝子変化で正の選択が起こる割合は数パーセント程度とされるため、これは統計的に有意な偏りと言えます。

進化の兆候が確認された遺伝子には、傷口への免疫細胞の呼び寄せや炎症反応の制御に関わるものが多く含まれていました。

例えば次のような遺伝子が挙げられます:

CXCR1:白血球(好中球やマクロファージ)を傷ついた組織に呼び寄せるシグナルを出します。

TREM1:免疫細胞の炎症シグナルを増幅する受容体タンパク質をコードします。