そして彼の活躍した17世紀当時、人々にとって”月世界”は、まさしく”別世界”でした。
今日の認識と違い、「月は地球とまったく異なる材料や構造をしており、同じ自然法則には従わない」と広く考えられていたのです。
これに対しウィルキンスは、1638年に出版した著書『A Discovery of a New World in the Moon』の中で、この考え方に異論を唱えます。
彼は、望遠鏡による月面の観測データに基づき、「月は地球と同じく岩石でできた自然物であり、独自の大気を持っている」と主張したのです。
(※ 前半の洞察は正しかったが、月に大気は存在しません。重力が地球の6分の1しかないため、もし大気があっても宇宙空間へ飛んでしまいます)
ウィルキンスは、こうした考えを提唱した最初の人物ではありませんが、この本には、月面旅行を実現するための方法や課題を探る章が設けられていました。
では、彼の考えた「月面旅行の理論」とは、どんなものだったのでしょうか?
「あるラインを超えれば、地球の引力から解放される」
ウィルキンスは、月面旅行の計画にあたり、いくつかの課題を予想して、それを克服しようとしました。
中で最も大きな課題が、”地球が物体を地面に引きつける不可思議な力”をどう克服するかです。
少々ややこしい言い方をしましたが、現代の知見から言い直すると、これは「引力」となります。
ところが、彼の時代にはまだ引力が発見されておらず、それには、ニュートン(1642〜1727)による「万有引力(universal gravitation)」の発見を待たなければなりませんでした。
それでも、地球に物体を引きつける力があることは、ニュートン以前からすでに知られています。
ウィルキンスは、この不可思議な力を「磁力(magnetism)」のようなものと捉えたのです。
彼は、イギリスの物理学者ウィリアム・ギルバート(William Gilbert、1544〜1603)の研究を基礎に、「2つの物体の間の磁力の強さは、双方が位置する場所によって異なり、距離が離れるほど弱くなる」ことを見出しました。