DNAに情報を組み込んだ細菌を持っていれば、細菌の存在自体が情報媒体となるのです。
もし肌の常在菌として住み着かせることができれば、誰にもわからない情報を自分の肌に住まわせることもできるでしょう。
しかしDNAストレージには弱点もあります。
情報の書き込みや読み出しに高度で高価な装置を要し、処理にも時間がかかる点です。
また生きている細菌などに組み込んだ場合、世代とともに変異が蓄積してデータの劣化も進行します。
さらに読み込み速度にも問題がありました。
これまでもDNAや合成高分子でデータ保存に挑戦した研究はありましたが、復元時には質量分析計など高価な機器で分子を解析する必要があったのです。
こうしたハードルのため、分子メモリは現時点では実用から程遠いのが実情でした。
そこでテキサス大の研究チームは、「もっと手軽に書き込み・読み出しのできる分子メッセージ」を目指しました。
ポイントは、分子自体に電気的な読み取り可能な特徴を持たせることです。
これにより、大掛かりな分析機器ではなく電子回路によって直接情報をデコードできる可能性が生まれます。
パスパシ氏は今回の意義について「プラスチックの構成要素に情報を書き込み、それを電気信号で読み取ることに世界で初めて成功しました。これは日常的な材料に情報を保存する技術への大きな一歩です」と述べています。
つまり、日用品のプラスチックそのものを高性能な記憶媒体に変えてしまおうという大胆な発想なのです。
「鍵」は分子の中に──分子の鎖がPCロックを開けた瞬間

研究チームはまず、情報を分子の状態に変更(エンコード)するための「化学アルファベット」を作り上げました。
彼らは4種類のフェロセン誘導体モノマー(分子の構成要素)を基本の“文字”とし、それぞれが異なる電気化学的シグナルを示すように設計しています。