数学では、ある関数の背後に特定の幾何学的図形が対応するケースが多々あります。
たとえば三角関数は円の幾何学と深く結びつき、楕円関数はトーラス(ドーナツ状の曲面)に対応します。
今回浮上したカラビ・ヤウ多様体は複素3次元版のトーラスをさらに複雑にしたような構造で、今回の計算に登場した特殊関数は、まさにその多様体の周期積分と密接に関係しています。
さらに研究チームは、得られた散乱角の精度を確かめるため、数値相対論シミュレーションと比較を行いました。
ブラックホール間の衝突パラメータが大きい(すなわち遠距離でのすれ違い)ケースでは、高次摂動計算の結果とシミュレーションがほぼ一致することが示されています。
一方、正面衝突に近いほど接近するケースでは双方の結果が食い違い始め、そうした領域ではさらなる摂動展開の高次化や数値計算の併用が今後の課題とされています。
数学と宇宙をつなぐ新・交差点

今回得られた高精度モデルは、観測データから微弱な散乱の重力波シグナルを確実に見いだす手がかりになるはずです。
さらに、本研究が予言するブラックホールのキック(反動)速度は天文学や宇宙論の領域でも重要な含意を持ちます。
散乱によってブラックホールが高速度で飛び去る場合、それが銀河中心からの放逐や銀河形成・進化への影響につながるかもしれないからです。
注目すべきは、カラビ・ヤウ多様体(複素3次元=実6次元)がブラックホール由来の重力波という観測可能な現象の解析に登場し、理論物理と純粋数学の新たな接点を示した点です。