実験の経過:繁栄から崩壊、そして絶滅へ

実験の経過は、大きく4つのフェーズに分けられる。
■フェーズ 期間(日数) 特徴
A:調整期(1~104日)初期は社会的な混乱や縄張り争いが見られ、最初の子供が生まれるまで続いた。
B:成長期(105~315日)個体数が600匹を超え、社会階層が明確になり、資源の過剰な利用も見られた。
C:停滞期(316~560日)個体数がピークに近づき、オスは社会から引きこもり、メスは孤立。社会構造が崩壊。
D:死の期(最終期)死亡率が出生率を上回り幼児死亡率は100%に。繁殖が停止し、最終的に絶滅。
当初、マウスの個体数は順調に増加した。約55日ごとに倍増し、快適な空間はすぐに埋め尽くされていった。しかし、個体数が620匹を超えたあたりから、その増加ペースは鈍化し、マウスたちの社会に不穏な変化が現れ始める。
観察された異常行動:「行動的沈下」とは何か?
個体数が増加し、過密状態になるにつれて、カルフーン博士はマウスたちの間に以下のような異常行動を観察した。
暴力と攻撃性の増加:特にオス同士の間で、縄張りやメスをめぐる激しい争いが頻発した。
異常な性的行動:一部のマウスは過剰な性的行動を示す一方、他のマウスは完全に性的な関心を失った。
育児放棄と共食い:メスは子育てに困難を感じるようになり、育児放棄や、時には自分の子供を食べてしまう共食い行動も見られた。
社会的引きこもり:多くのマウス、特にオスが社会的な関わりを避け、囲いの隅で孤立するようになった。彼らは他のマウスから攻撃されても無抵抗で、やがて自らも他者を攻撃するようになった。
繁殖の失敗:メスは妊娠しなくなったり、妊娠しても出産を放棄したり、生まれた子供を殺したりするケースが増加した。
カルフーン博士は、このような過密状態における社会規範の崩壊と病的な行動の出現を「行動的沈下(behavioral sink)」と名付けた。これは個々のマウスが社会的な役割を見失い、精神的に「沈んでいく」様子を表している。
興味深いのは、「美しい者たち(the beautiful ones)」と名付けられたマウスの出現だ。彼らは争いや繁殖行動には一切関わらず、ひたすら自分の毛づくろいだけをして過ごした。そのため、彼らの毛皮は非常に美しかったが、社会的な機能は完全に失っていた。