そのため研究者たちはゾウがTP53遺伝子のコピーを増やした背景には、抗がん能力とは別の、ゾウ特有の性質に関連していた可能性があると考えたのです。
そこで今回注目されたのが、オスゾウの精巣が体内深くに存在し、外界の温度変化から保護されている点でした。
この特性は、精子形成における温度調整という重要な役割に直結しています。
精子の生成には適切な温度が必要で、わずかな温度上昇だけでも精子の品質が急速に低下してしまうのです。
人間を含め多くの動物は睾丸が体外に飛び出した作りをしていますが、これは精子が非常に熱に弱いためです。
男性がノートPCを膝の上に乗せて作業するとバッテリーの熱で、生殖能力が低下するなどと話題になったことありますね。
これは精子が高温にさらされると、細胞の酸化ストレスが高まり、突然変異のリスクがあがってしまうのです。
たとえば、マウスの中核体温は 36.6°C ですが、睾丸は 34°C です。
37℃で作られた精子は生存率が低く、高レベルの未修復DNAとクロスオーバー形成が損なわれています。
さらに38℃で作られた精子は、過剰な変異DNAの負荷によりアポトーシスによって死滅します。
そのため哺乳類の精巣は通常、陰嚢に下降し、そこで空気の流れや血液の熱交換によって体温よりも低い温度に冷却されます。
しかし、ゾウの幸丸は体内にあるため冷却が十分に行われず、高い体温に晒されていると考えられます。

実際、上の図のようにゾウの体温を測ってみると、睾丸のある位置の体温が38℃近くに達していることがわかります。
またゾウの運動後の体温を調べた研究では、放熱板の働きをしている耳の血中温度が最大で44℃に達したケースも報告されています。