つまり今回の研究は、進化的には有利なはずの特徴(健康・高知能・早熟)が、現代社会においてはむしろ出産を遅らせ、子どもを持たない選択へとつながっているという、大きなパラドックスの構造を明らかにしたのです。
ではこの“早熟だが晩産”という矛盾はどう説明すればよいのでしょうか? 研究チームがたどり着いた答えは、社会的・心理的な「選択」が生殖行動に強く影響しているというものでした。
「生殖に有利なはずの個体が出産しない」人間社会が抱える矛盾
研究チームが注目したのは、知能の高い人がなぜ出産を後回しにし、最終的に子どもの数が少なくなるのかという点です。
ここで浮かび上がってくるのが、「キャリアと出産の時間的衝突」という現代特有の問題です。
知能の高い人は、しばしば医師や研究者、弁護士、公務員、大企業の管理職など、高度な専門性や長期的な訓練を必要とする職業に就いています。
そうした仕事では、20代〜30代前半までを教育や経験の蓄積に充てる必要があり、社会的に安定した立場を得る頃にはすでに30代半ば、あるいは40代に差し掛かっているケースも少なくありません。
このタイミングで出産・育児に踏み切るには、それまで築いてきたキャリアを一時的に中断するリスクを受け入れなければならなくなります。
とくに女性の場合、「出産適齢期」と「キャリア形成のピーク」が重なることが多く、判断はよりシビアです。産休・育休制度が存在していても、実際には長時間労働文化や「出産=離脱」という無言の圧力が残っている職場も少なくなく、「せっかく積み上げてきた努力が無駄になるのではないか」「評価が下がるのでは」といった不安がのしかかります。

男性にとっても事情は同じです。共働き世帯が当たり前となった現代では、家事や育児を担う時間が求められる一方で、昇進や評価の競争から降りるわけにはいかないというプレッシャーがあります。結果的に、「今はまだタイミングではない」という判断が繰り返され、機会を失っていくのです。