これは油絵に特有の、力強い厚塗りで立体感を出す技法の「インパスト画」に最適です。

また通常の油絵具では、塗った後に表面から順番に乾いていくことでシワが生じやすいのですが、卵黄を混ぜるとそれが防がれ、乾燥後のシワが出来にくくなっていました。

そのおかげで画家のイメージ通りの絵を保つことが可能となるのです。

たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチの油彩『カーネーションの聖母』には卵黄が使われておらず、聖母マリアの顔に無数のシワが残ってしまっています。

左:『カーネーションの聖母』(1473〜1478年頃)、右:聖母マリアの顔のアップ
左:『カーネーションの聖母』(1473〜1478年頃)、右:聖母マリアの顔のアップ / Credit: ja.wikipedia, Ophélie Ranquet et al., Nature Communications(2023)

専門家によると、この油彩はレオナルドが20歳を過ぎた頃の初期作品で、当時まだ普及し始めたばかりの油絵具を使いこなすのに苦労していた時期の一作だという。

そのため、レオナルドも「油絵具に卵黄を混ぜるとシワが出来にくくなる」ことを知らなかったのでしょう。

唯一の欠点は「乾燥までに時間がかかる」

さらに、卵黄のタンパク質が顔料粒子の周りに薄い層を形成することで、湿度の高い環境での水分の吸収を予防できることが分かりました。

これにより、高湿度にさらされても絵具を保護しやすくなります。

それだけでなく、卵黄に含まれる抗酸化物質が、酸素と油成分の反応速度を低下させることで、絵の「黄変」を防止する効果もありました。

こちらはイタリア・ルネサンス期の巨匠サンドロ・ボッティチェッリによる『キリストの哀悼』で、人物画には卵黄を混ぜた油絵具が使われています。

ただ前景の草むらと背景の石には通常の油絵具が使われており、巨匠たちもケースバイケースで卵黄入り絵具を使い分けていたようです。

『キリストの哀悼』(1490〜1492年頃)
『キリストの哀悼』(1490〜1492年頃) / Credit: Ophélie Ranquet et al., Nature Communications(2023)