ちなみに、連邦議会での首相選出投票で当選に必要な過半数を得ることがなかったことは初めてだ。同国では戦後、アデナウアー氏が1949年9月、1票の差でかろうじて選出された。コール氏も同様、1994年に1票差で選出されたことがある。首相候補者が投票で落選したことはこれまでなかった。メルツ氏が少なからずショックを受けたことは間違いないだろう。
参考まで第1回投票の結果をもう少し振り返る。賛成310票、反対307票、棄権3票、無効票1票だった。CDU/CSUの208票とSPDの120票を合わせると328票となり、過半数を大きく上回るはずだが、結果は310票だったということは18票、18人の議員がメルツ氏の首相選出に反対したことになる。
メディアはメルツ氏を支持しなかった与党議員探しを始めた。反対票を投じた与党議員はCDU/CSU議員より、SPD議員のほうが多かったはずだ。連立交渉でも両党には政策、特に、移民問題や経済政策では相違があったからだ。特に、SPDの中にはメルツ氏の強硬な難民政策に強く反対する声があった。また、閣僚入りできなかった議員や党内の主要ポストを得ることができなかった議員が連立政権の発足を阻止しようとしたのかもしれない。
NTVのニュース解説者は「連立政権内でメルツ氏の政策に強く反発する議員がいることが明らかになった。メルツ氏は今後、様々な政策を実施する際にも1回目の投票結果を忘れてはならない」という。第1回目投票の18票の反対票はメルツ氏の政権運営で今後も悩ますことになるというわけだ。
ところで、ドイツの首相に選出されたメルツ氏のキャリアをみると、同氏はこれまで何度も「敗北」を経験している。メルツ氏はメルケル元首相とのCDU党内の権力争いに敗北、政界から一時期引退し、実業界入りした。そして2002年、政界に復帰してCDU党首選に出馬したが2度落選し、3度目でようやくCDU党首となった。そして今度は連邦議会での首相選出投票で1回目の落選という敗北を喫した。表現は適当ではないかもしれないが、「メルツ氏は敗北に慣れてきた政治家」ということになる。