このような現象は、「神経可塑性(しんけいかそせい)」と呼ばれる、学習や記憶と同様に脳のネットワークが変化する能力によって説明されます。
すなわち、痛みが長く続くことで、脳のネットワークが痛みを“学習”してしまうのです。
そこで、UNSWとNeuRAの研究チームは、この”学習された痛み”に対して、逆に脳を再教育することで痛みを弱めることができるのではないかと考えました。
研究チームは、弁証法的行動療法(DBT,境界性パーソナリティ障害の治療に特化した認知行動療法の一種)をベースとしたオンライン型の感情調整プログラムを開発しました。
このプログラムでは、自分の感情を正しく認識する力やストレス耐性の向上、「今この瞬間」に意識を向けるマインドフルネスといったスキルを9週間にわたって学びます。
このアプローチの目的は、痛みと感情を結びつける脳内回路を再構築し、過敏化した神経の興奮を沈めることにありました。
研究は2023年から2024年にかけて実施され、慢性疼痛を抱える89人の患者が参加しました。
その半数が新しいオンラインプログラムを受け、もう半数は薬物療法や通常の生活指導など、従来の標準治療を継続しました。
「脳の再教育」が慢性疼痛の痛みを和らげると判明
実験の結果、オンラインプログラムを受けた患者グループでは、従来の標準治療を受けた患者グループと比べて、痛みの強度が軽減し、感情調整能力が有意に改善されました。
また、睡眠や生活の質、社会的活動への参加も向上するという効果が確認されました。
ある患者は、痛みの軽減のために使用していたモルヒネの摂取量を減らすことさえできました。
これらの成果は、単なる「気分の改善」にとどまらず、実際の神経活動や脳構造に変化が起きていることを示唆しています。

慢性疼痛の患者では、脳における感情や痛みをコントロールする機能のバランスが崩れ、痛み信号を抑制できなくなってる可能性があります。