量子コンピュータの理論で用いられるテンソルネットワークという手法も、この仮説のヒントになりました。

テンソルネットワークとは量子多体系の状態を表現するグラフ構造(点と線のネットワーク)ですが、研究者たちはそのネットワーク図形がホログラフィー原理で予言される宇宙の時空構造と対応している可能性を示唆しています。

まさに、量子もつれの“糸”で編まれたネットが空間の形を描き出しているイメージです。

こうして最先端の理論物理では、空間は「最初から存在する箱」ではなく、もっと基礎的な情報の関係性から“立ち上がる”現象だという考え方が広がりつつあります。

では時間はどうなのでしょうか。

実は時間についても同様に、それ自体が何かから創発した可能性が議論されていますが、空間以上に謎が深いとされています。

ヴァン・ラムスドンク氏は「時間もまた何らかの形で創発しているはずだ。

しかしこれについてはまだよく分かっておらず、現在も活発に研究が行われています」と述べています。

空間像の大転換がもたらすもの:量子もつれが拓く時空理解の新時代

空間そのものが実体ではなく情報から生まれたものかもしれない――この発想は私たちの世界観に大きな転換を迫ります。

もし時空が創発的だとすれば、宇宙を理解する上で「どこで?」「いつ?」といった問いが根源的には意味をなさない可能性すらあるのです。

極論を言えば、「ここ」とか「そこ」、「今」とか「未来」といった概念は、人間が日常経験するマクロな世界の便宜的な表現に過ぎず、ミクロな真理のレベルでは存在しないのかもしれません。

こうした思想は哲学的な響きを帯びますが、同時に物理学者たちは非常に実際的な課題としてこの問題に取り組んでいます。

それは、量子力学と重力理論を統合した究極の理論(いわゆる「すべての理論」)を打ち立てるための鍵が、この時空エマージェンスに隠されていると考えられるからです。