ある分析によれば、他者の痛みに共感して感じる情動的共感性は約半分が遺伝要因で説明できるそうです。

生まれ持った設計図が、私たちの気質から行動まで大きく方向付けていることは否定できません。

しかし、たとえ“危険な”遺伝子を持っていても、人が必ず犯罪者になるわけではありません。

環境要因との相互作用も無視できません。

例えば、前出のMAOA変異でも、幼少期に虐待を受けた人のみ暴力的傾向が顕著に現れ、同じ変異を持っていても虐待を受けなければ問題行動は増えなかったという報告があります。

このように、遺伝子はあくまで“傾向を高める”要因であって決定因ではないのです。

したがって、遺伝子スクリーニングで将来の犯罪者候補を特定しようとする発想には危険が伴います。

ある遺伝型を持つ人を「将来の犯罪者」と烙印すれば、社会的な偏見を生みかねません。

それでもなお、最もゾッとする現実が残ります。

人間は自分の意思で行動を選んでいるつもりでも、その深層では遺伝子が静かに糸を引いているかもしれません。

「ストーカー遺伝子」は確かに存在するのかもしれません。

ただし、それは特殊なDNAではなく、誰もの中に内在する無数の資質の一部です。

自分の中にその暗い芽が潜んでいると想像するだけで、自身の内面が少し怖く感じるのではないでしょうか。

※参考文献

  • Oxytocin and Three Kinds of Dangerous Behaviors in a Romantic Relationship: Playing, Suffering, and Stalking

  • The relation between oxytocin receptor gene polymorphisms, adult attachment and Instagram sociability: An exploratory analysis

  • A common allele in the oxytocin receptor gene (OXTR) impacts prosocial temperament and human hypothalamic–limbic structure and function