OpenAIのCEOであるサム・アルトマン氏らが2019年に立ち上げたプロジェクト「World」。仮想通貨「Worldcoin (ワールドコイン:WLD)」の文脈における大胆なトークン付与や値動きなどが語られることが多いが、その真の狙いはより壮大だ。すなわち、AGI(汎用人工知能)がボットやフェイクを量産し得る時代が迫りくるなか、World IDの付与を通じて「人間であることの証明(Proof-of-Personhood)」を世界規模で普及させること。この記事では、Webへの信頼そのものが崩壊しかねないAI時代の中でWorldが臨む壮大な挑戦の背景と内容を改めて解説し、同プロジェクトの日本代表を務める牧野友衛代表への取材内容を交えて日本国内での戦略について深掘りする。

AGIの誕生が招きうるディストピア

 日本では「World」に対する認知はまだ必ずしも進んでおらず、話題に挙がる際も同プロジェクトの仮想通貨「Worldcoin」や、OpenAIのCEOとしてのアルトマン氏に紐づけられることも多い。現地時間4月30日にサンフランシスコで実施されたアルトマン氏(Chairman)とアレックス・ブラニア氏(CEO)らによるイベント「At Last.」でも、VISAと提携した「World Card」の発表や「スーパーアプリ化構想」などユーザー目線で関心の高いトピックが最終的には注目を浴びた。

 一方、Worldcoinの展開それ自体や金融のあり方を変えうるVISA連携のニュースでさえ、WorldにとってはあくまでWorld IDを取得してもらうための「手段」にすぎないのも事実だ。約40分のイベントのうち冒頭7分弱だけ登壇したアルトマン氏が、その限られたスピーチ時間の多くを「AGI時代の信頼(Trust in the age of AGI)」というテーマでWorld IDの重要性の説明に割いたことからもみてとれる。

誰が人間かわからぬ時代を防ぐ「World」⋯サム・アルトマンらの真の挑戦と日本戦略
(画像=イベント冒頭でAGI時代の信頼について話すアルトマン氏、『Business Journal』より 引用)

 では、具体的に彼らはAGI時代には何が起こると考えているのだろうか。AGIを含むAIが計り知れないポジティブな影響をもたらすポテンシャルがあることを大前提に、下記のような警鐘を鳴らす。

 現時点でもすでにチャットボットや生成AIが、人間そっくりの文章や画像・音声を容易に生み出せるようになり、SNSやレビューサイト、アプリ上などWeb空間には大量のボットや偽アカウントが出現している。Worldによると、2023年のインターネットトラフィックのうち実に49.6%がボットによるもので、リアルな人間(50.4%)とほぼ同水準だった。

 この流れを、過去に例を見ない規模で加速させうるのがAGIである。今はまだボットやスパムの問題は人的リソースやコストなどの制約を受ける「人海戦術」の域を出ないが、AGIが人間と同等以上の能力をもって自律的に活動できるようになると、この制約が取り払われてしまうからだ。

 その上でreCAPTCHA認証や電話番号認証といった従来の仕組みを突破できる可能性もあり、「何が人間で、何が人間じゃないか」を確実に区別できるような手段はなくなってしまう。

 結果的に、出処が不明なコンテンツやデタラメなフェイクニュースが増えることで検索・レビュー・広告などあらゆる側面で信じるべき情報がわからなくなったり、オンライン取引における詐欺が横行して経済活動が麻痺したりする事態が起きうる。氾濫する偽アカウントがいたずらに世論形成を操作したり、投票システムをハイジャックしたりすることも想定され、民主的プロセスへの深刻な影響もあり得るだろう。オンライン上で当然のように行っているあらゆる活動の根拠になる「信頼」が瓦解する事態を招くというのだ。