つまり、受精前後には大きく分けて二つのステップが存在するのです。
まず(1) IZUMO1とJUNOが結合し、CD9によって支えられる卵子の微絨毛が触手のように精子にまとわりつく“オーサイトテンタクル”ステップがあり、その後(2) 残りの融合因子群が一斉に働いて精子を抱え込み、卵子内に呑み込む“SEAL”ステップが続く――という二段階構成と考えられます。
こうした一連の現象を可視化し、さらにどの分子がいつ・どのように働いているかを検証するためには、多数の遺伝子改変マウス(たとえばCD9を欠損させた卵子や、SPACA6やTMEM95を持たない精子など)を作り出し、あらゆるパターンで卵子と精子を交配させて観察するという、地道かつ大掛かりな実験が欠かせませんでした。
実際、CD9遺伝子を欠損した卵子は十分なオーサイトテンタクルを作れず、その結果、正常に受精できないことが示されています。
このように、各種タンパク質の役割をひとつずつ丁寧に検証していくことで、卵子と精子の接触から融合に至るダイナミックな動き――触手の形成と、いわば“丸呑み”とも呼べる取り込みの全容が明らかになったのです。
研究代表者のひとりである静岡大学農学部の齋藤貴子助教は、
「受精の瞬間を捉えるのは技術的にもタイミング的にも非常に難しく、特に卵子は中が透けて見えないので、どうやって精子を取り込み始めるのか詳しくわかりませんでした。今回の成果は、多数の変異マウスを用いた試行錯誤と撮影手法の改良の積み重ねから生まれたもので、新たな視点で受精を理解する大きな一歩になったと考えています」
と振り返っています。
こうした地道な研究の積み重ねが、“生殖の神秘”とも呼ばれる受精現象の新しい一面を照らし出し、卵子が受精相手である精子をまるで捕食するかのように取り込む――という想像を超えたドラマを解き明かしてくれたわけです。
「食べる受精」が塗り替える生殖の常識
