この能力は一見万能のように思えますが、再生能力にも「コスト(代償)」が存在します。
たとえば、再生には大量のエネルギーと時間がかかります。サンショウウオが脚を再生するには数週間以上かかります。その間、逃げることも、繁殖することもままならず、捕食者に襲われるリスクが高まります。
また、再生能力を維持するには、体の中に「いつでも変化できる未分化な細胞」を抱えておかなければなりません。これは、生体の安定性や成熟した神経系の発達と相反する問題です。
高度な学習能力や複雑な社会行動を発達させたヒトのような動物にとっては、むしろ組織の安定性の方が重要だったと考えられます。
「未分化状態への巻き戻し」は、体の構造や機能を一時的に不安定化させるリスクをはらんでおり、哺乳類は各器官の構造と機能を維持する恒常性を重視した結果、「細胞が変化できる柔軟性」を抑えるよう進化したと考えられるのです。
再生能力と身体機能の安定性の間には、機構的に両立することが難しい壁があるのです。
【仮説4】ライフサイクルと環境適応の違い
再生能力の高さは、「再生が間に合う」環境で初めて役に立ちます。
サンショウウオやトカゲなどは動きが遅く、比較的安全な水辺や森林に生息し、捕食圧を逃れる手段として尻尾の再生などが機能します。
対照的に、哺乳類の多くは活動的で捕食圧も高く、傷を負ったらすぐに逃げねばなりません。再生に数週間を要するよりも、その間を応急処置でしのぐことのほうが生存に直結するという環境下では、瘢痕化(はんこんか)という早急な修復メカニズムの方が有利だったと考えられるのです。
さらに哺乳類は「早熟・短期繁殖戦略」をとる種も多く、長寿で再生力を維持するよりも、短命でも多くの子を残すことに適応していた可能性もあります。
進化とは「捨てる選択」でもある
ここまで見てきたように、哺乳類が再生能力を失った背景には、がん、免疫、恒常性、環境といった複数の要因が絡み合った進化的判断があったと考えられるのです。