私が33年前、当地に来た時、Do It Yourselfという発想が広範囲に浸透していることにびっくりしました。それこそ、家やクルマの修理から旅行プランまで全部自分で行うことに全く不慣れだったのです。家や車は専門家にお任せ、出張は総務部にお任せ、旅費精算は女子社員にお任せ…でした。

お任せできないカナダの社会にズッポリ浸かっているといつの間にか、なんでも自分でやるようになります。どんなに忙しくても料理は当たり前に作るし、クリーニング屋がそばにないので洗濯してアイロンも自分でかけます。私は最近は時間がなくて2週間に一度ぐらいしか買い物に行けないのでその時に買い忘れることが許されません。(買い物はハイウェイを飛ばして30分近くかけて何でもそろう大型スーパーまで行く不便さもあります。)しかし、自分で日々料理を作っているから冷蔵庫や冷凍庫の中のものがどれだけ残っているか、調味料がどれぐらい残っているか把握しているので失敗しないのです。つまり不便ゆえにやりくり出来ているとも言えます。

英語なんて必要ない、と思っていたのは私の経営するシェアハウスに入居されているある日本女子。そこにアメリカ人がシェアメートで来たのですが、このアメリカ人が良くしゃべる上に文化ギャップを含め、わからないことをその日本女子に徹底して聞きだそうとしているのです。日本女子は初めは無料で英会話ができるぐらいだったようですが、コミュニケーションがうまくいかず、ついに双方から悲鳴。「誤解が生じてトラブルになった」と。

翻訳機は使っていなかったようですが、いらないと思っていた英語力がまさかこんなところで必要になるなんて、ということでしょう。仮に翻訳機を使ってもこのアメリカ人とはうまくやり取りできないと思います。理由はペンシルベニアの一面農地が広がるようなところの方が東京のど真ん中にくれば生活環境や文化的背景があまりにも違い、言語的な解釈以前の問題が生じるのです。事実、私とのやり取りでも「そこはアメリカじゃない。日本だからモノの基準や価値観が違う」と教え込んだのです。