これは単なる偶然ではないと確信したジョイさんは、科学者たちと手を組むことになります。
2013年、マンチェスター大学の化学者パーディタ・バラン教授と出会ったジョイさんは、ある実験に挑戦しました。
それはパーキンソン病患者と健常者が一晩着たTシャツを嗅ぎ分けるというものです。
その結果、ジョイさんはほぼ完璧に両者の匂いを正しく識別することに成功しました。
ただ一枚だけ、対照群(健康な人)のTシャツをパーキンソン病患者のものと誤認しています。
ところが驚くべきことに、匂いを誤認されたその人は実験から9カ月後にパーキンソン病と診断されたのです。
つまりジョイさんの鼻は、未来に起こる病の兆しさえも嗅ぎ取っていたのです。
このエピソードをきっかけに、科学は彼女の嗅覚に追いつこうと本格的な研究に乗り出しました。
パーキンソン病の「匂いの正体」を突き止める
では、パーキンソン病は一体どんな匂いを発しているのでしょうか。
研究の結果、パーキンソン病は皮膚から分泌される皮脂にわずかな変化をもたらすことがわかりました。
特に額、背中、頭皮といった皮脂の多い部位から独特な匂い成分が発せられていることが、ジョイさんとの共同研究で突き止められたのです。
その成分のひとつに、ワックス状でかび臭い香りを持つ「オクタデカン酸メチルエステル」という分子が含まれていました。
バラン教授のチームは、皮膚を綿棒で軽く拭き取り、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)という手法で成分を分析。
その結果、約27,000もの分子特徴が検出され、そのうち約10%がパーキンソン病患者で特異的に変化していることが判明しました。
つまり、単一の”パーキンソン分子”が存在するわけではなく、病気に伴う複雑なパターンの変化を、ジョイさんの超人的な嗅覚は嗅ぎ分けていたのです。
