この構造は、アリ一匹一匹に全体像は見えていなくても、結果的に巣が完成してしまう様子に似ているため、「シナプスはアリ、ニューロンはコロニー」という比喩が使われることもあります。
では、シナプス一つひとつの小さな決断がどうやって大きな学習へつながるのでしょうか。
そこで注目されたのが、ニューロンの枝ぶりです。
神経細胞は一本の幹から何本も伸びる樹状突起をもち、その先端には細やかなシナプスがびっしりと並んでいます。
とくに頂上近くの細い枝(アピカル樹状突起)と根元近くの太い枝(ベイサル樹状突起)は、受け取る信号の性質や電気的特性が異なり、まるで一つの会社の“営業部”と“経理部”のように分業していると考えられるのです。
もし本当に「ニューロンは部門制企業」で、それぞれの部署が独自の学習ルールブックを持っているなら、脳は必要に応じてルールを切り替え、素早く配線を調整できるかもしれません。
とはいえ、学習の最中に生きたシナプスを一本ずつ同時に観察するのは従来の顕微鏡ではほぼ不可能でした。
シナプスの「入力」とニューロンの「出力」をリアルタイムで見比べるという、まるでドローンでビル建設現場を俯瞰するような新しい視点が必要だったのです。
そこで今回研究者たちは、一本のニューロンを枝先から根元まで“生中継”し、本当に枝ごとに学習ルールが違うのかどうかを確かめることに挑みました。
ニューロンの先端と根元が別の学習方法を行っていると判明

実験は、マウスにとってはちょっとしたミニゴルフの練習のような課題から始まります。
研究者は動物に小さな球を転がして穴に入れる作業を毎日繰り返させ、ぎこちなかった前足の動きが二週間ほどで滑らかになっていく様子を観察しました。
その間、脳の配線がどう変化するかを“現場実況”するため、マウスの頭蓋骨に小さな窓を開けて二光子顕微鏡を取り付けたのです。