「全部変えなきゃ」と思わないほうがうまくいった

 とはいえ、ただでさえ保守的にならざるを得ない伝統工芸業界で、新しい挑戦を続けるのは重責なはずだ。

 「プレッシャーは常にあります。入社してすぐ、父からみんなの前で言われたんです。昂大は既存のお客様のところには行かせない。新規のお客様だけで誰よりも売上がなければ、お前の居場所はないって。当然、最初の数年は本当に苦しかった。でもそれを乗り越えたおかげで後継ぎとしてみんなに迎え入れてもらえたし、新しいことに取り組む度胸もつきました。それにやっぱりワクワクしちゃうんですよ。僕は何かしようとしてる時が一番楽しいみたいです」

 しかし新たな挑戦や変革が必ずしも成功し、会社に好循環をもたらすとは限らない。逆風だらけの伝統工芸業界は特にそうだろう。では同社が変化し続け、成長してきた秘訣はどこにあるのだろうか?

 「時には周囲からの反発も当然あります。だから飲食店経営などの新規事業は別会社を立ち上げ、自分が全て責任を負う形にして何とかみんなに納得してもらいました。その辺は結構したたかかもしれません(笑)。あと、一度に大きな結果や劇的な変化を求めてきたわけじゃないんです。確かに入社してすぐの頃は、あれもこれも全部変えなきゃと焦っていました。でもそれだと険悪な雰囲気になるだけで、誰も付いてきてくれない。だから人が気付かないような部分からしれっと変えてみたり、少しずつ積み重ねる方法にやり方を変えました。そのおかげか社内の結束は変わらないまま変革してこられたと思います」

 マネジメントスタイルも独特だ。驚くことに管理職らしい管理は、ほとんど行わないという。これも彼の言う「したたかさ」のなせる技だろうか?

 「常識とは違うかもしれないけど、プレイング・マネージャーが僕の理想の社長像です。そもそも輪島塗作りって、職人さんの体調やお天気一つで進捗が変わってしまうくらい変数だらけ。完全にコントロールはできないし、権限を振りかざして仕事を押し付けても効率や業績は上がらない。それより僕が働く姿を見てもらって、それを事例の一つとして自分のやり方を見つけてもらえればと思っています。そういえば先日、社員から『ウチの会社はオリンピックの体操団体みたいですね』と言われました。それぞれ別の競技をやってるけど、みんなで勝利を目指している。ちゃんと伝わってるんだと嬉しくなりました。

 それは新しいことを始める時も同じ。もちろん入念にシミュレーションを重ねるけど、どうしても現実は想像の範囲外に行き着く。だからゴールから逆算するようなプロセス管理はあんまり意味がないと思う。それよりも、目の前のことに少しずつ、ときにはしれっと取り組んでいく。そうした積み重ねの先にしかゴールはないと思っています」