では日産はなぜしばしば経営困難に陥るのか、その究極の答えは鮎川氏にあるとされます。つまり日産自動車に鮎川氏の名前も創業家としての存在感も全く残さなかったことでサラリーマン会社として統率が取れなくなったことが理由とみられています。それ故に労働争議に明け暮れ、第一次日産革命とされる宮家愈氏の動きが前例となり、のちに塩路氏の第二日産革命となります。結局、それら労働争議の宴の後は経営不振でルノー、ゴーンの時代が待ち受けていたということになります。
今日は日産の話をするつもりはないのですが、日本の自動車メーカーが経営問題に明け暮れている暇はなく、技術開発と商品開発、そして次の一手を考え、攻めなければ決して安泰ではないのです。
産業を俯瞰すると必ず技術進歩と共に主役が変わっていきます。自動車の場合はアメリカがスタートでT型フォードの爆発的人気になるもGMがGMACというファイナンス会社を作り車をローンで買う仕組みを作ります。更にT型フォードが黒のみだったのに対し、色を選べるGMが一気に市場を奪取するのです。ところがアメリカの自動車全般で性能が悪く、その代替供給元として日本とドイツでそれぞれ開花します。欧州ではフランスやイタリア、英国にも広がりを見せましたが私は今でもドイツが盟主だと考えます。
一方、アジアについては冷静に見て海外における日本車シェアがまずは韓国に、そして今、中国製EV車に食われてきている状態だと見ています。これは「文明は西に動く」というManifest Desitiny論のような話が産業界でも確実に言えるのを実証しているとみています。クルマ=海外販売=アメリカ市場という見方が強く日本はアメリカ向けに年150万台輸出し、40万台で第2位のオーストラリアとは比較になりません。ただ、アメリカ市場へのアクセスが悪くなった今般、それ以外の市場開拓がマストであります。
その中で電気自動車市場は着実に増えており、また新興企業が多いのも特色です。ベトナムのビンファスト社はナスダックにも上場しており私の株価チェックリストに入っていますが、先行き成長期待が高くなっています。またご承知の通り、タイを中心に東南アジア市場は中国のEVが大攻勢をかけています。更に中国製EVの性能が驚くほど進化し、たぶん、日本メーカーはもはや届かないレベルではないかと感じます。