米航空宇宙局(NASA)と米国宇宙開発・宇宙産業の“イーロン・マスク依存”を懸念する声が強まっている。NASAが使用する有人宇宙船としてはボーイング製「スターライナー」に対して、SpaceX(スペースX)製「クルードラゴン」の優位性が際立ちつつあり、米トランプ政権入りして政府効率化省(DOGE)を率いるマスク氏はNASAのコスト削減に前向きだとされ、関係が深いジャレッド・アイザックマンNASA次期長官を通じてNASAの運営に深く関与するとみられている。これまで米国の宇宙産業を担ってきたボーイングが本業である民間航空事業の苦境に陥り、宇宙事業に後ろ向きな姿勢を見せるなか、スペースX・CEOのマスク氏が米国宇宙産業を支配する可能性も指摘されているが、その可能性はあるのか。また、米国ひいては世界の宇宙産業にどのような影響を及ぼすのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

 マスク氏は2002年にスペースXを設立。再利用可能なロケットによる商用衛星打ち上げ行い、2020年には市場が拡大する衛星通信事業に目をつけ、米国で「Starlink(スターリンク)」の試験サービスを開始し、日本では22年にサービス提供を開始。従来の衛星通信サービスが高度約3万6000kmの静止衛星を利用するのに対し、その約65分の1の距離にある低軌道周回衛星を利用。構造を簡素化することで製造コストを一桁安くすることに成功。さらに衛星を宇宙に運ぶロケットの打ち上げ費用も従来の10分の1に削減。以上の取り組みにより、従来の衛星通信サービスに比べて高速なデータ通信を実現しており、衛星の数は6000個以上におよび、衛星通信網としては世界最大規模となっている。

 NASAからは、国際宇宙ステーション(ISS)への宇宙飛行士の輸送や補給を委託されている。つまりNASAにとってスペースXは数多くある発注先の1社であったが、クルードラゴンの重要性が増し、さらにマスク氏の政権入りによって、NASAの将来を握る存在になりつつある。

NASAは意図的に多くの航空宇宙企業に発注

 実際のところ、米国ではそのような事態は進んでいるのか。航空経営研究所主席研究員で元桜美林大学客員教授の橋本安男氏はいう。

「ISSへの輸送手段に関する限り、SpaceXのクルードラゴンに頼らざるを得ない状況であることは事実です。本来であれば、NASAはボーイングのスターライナーと併用する計画でしたが、こちらの開発は遅れに遅れ予算も超過し、ようやく昨年6月に初めてスターライナーが宇宙飛行士をISSへ届けました。ところが、その後故障が判明し危険があると判断され、結局無人で地球に帰還する羽目となり、宇宙飛行士は取り残され、クルードラゴンのレスキュー・フライトで3月に帰還することになりました。現状ではSpaceXのクルードラゴンの一人勝ちです。また、現在のNASAの活動の中核となる有人月面探査『アルテミス計画』でも、第1、2回目の有人月着陸ではスペースXのスターシップを改造したスターシップHLSを使用することになっています。ただし、スターシップ自体が最近2回連続で爆発しており、開発は遅れています」

 では、スペースXはNASAの計画を独占しようとしているのか。

「現状でNASAの有人宇宙活動の重要なセグメントをスペースXが担っているのは事実です。しかし、それは一面であって、スペースXへの依存度が懸念されるレベルにあるというのはいい過ぎです。NASAは意図的かつ国家政策的に、多くの航空宇宙企業に発注を行っています。例えばアルテミス計画では、巨大な打ち上げロケット・SLSについてはボーイングを主契約社とし、また宇宙飛行士を月軌道上のステーション(月軌道プラットフォームゲートウェイ)まで運ぶオリオン宇宙船については、ロッキード・マーチンと欧州企業に発注しています。さらに、NASAはリスクシェアの観点から、重要なセグメントについては2社に並行して発注しています。前述のように、地球軌道上の乗員輸送ではスペースXとボーイングに発注し、月着陸機についてはスペースXとアマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏の宇宙企業ブルーオリジンに発注しています。アルテミス計画の第3、4回目の有人月着陸では、ブルーオリジンの月着陸機『ブルー・ムーン』が使われることになっています。一方で、NASAがこのように多くの企業に発注していることが宇宙開発予算の肥大化を招いているという批判もあります」(橋本氏)