また腐敗した死骸が散乱しているような場所が安全であるはずもありません。そこには危険な捕食者が潜んでいる可能性があります。

だからこそ、人類は進化の過程で「腐敗臭=危険なサイン」として本能的に避ける仕組みを手に入れたのです。

これはいわば命を守るための警報装置です。鼻が感じた臭いを、脳が「危険だ!逃げろ!」と即座に判定してくれているのです。

しかもこのシステムは、生まれたばかりの赤ちゃんや、動物たちにも共通して見られます。 たとえばチンパンジーやネズミであっても、腐った食べ物の匂いには顔をしかめ、近づこうとしません。

つまり「腐った臭いが嫌い」という感覚は、学習によるものではなく、進化の中で刷り込まれた“生存プログラム”のひとつなのです。

ガソリンの匂いが“心地よい”理由

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では反対に、ガソリンやマッチ、焚き火や新車の香りなどには、なぜ嫌悪感がそれほどないのでしょう?

こちらも科学的に見ると、実は体に悪い化学物質がたくさん含まれています。 ガソリンに含まれるベンゼンやトルエンなどは、長時間吸えばめまいや吐き気を引き起こしますし、発がん性の疑いも指摘されています。

にもかかわらず「ちょっと好き」と感じてしまう人は多くいます。

その理由は、これらの匂いが人類にとって“比較的新しいリスク”だからと解釈することができます。

腐敗臭のようなリスクは何百万年も前から存在し、私たちの遺伝子に「絶対に避けるべし!」という命令が刻み込まれてきました。

一方で、ガソリンや人工的な化学物質が登場したのは、せいぜいここ100年ほどのことです。 これは進化のスピードで言えば、人間の本能がまだ“危険信号”として登録していない状態と言えます。

さらに、人類にとって“火”の匂いは特別な意味を持っています。 焚き火、焼き肉、炊き立てのごはん──こうした火を使った匂いは、安全で温かく、食事の時間や家族のぬくもりを連想させます。

人類は焚き火に安心感を覚えやすい/Credit:canva