村山内閣は国会での質問趣意書への回答で、統一教会について「政府としては、一般的に、特定の宗教団体が反社会的な団体であるかどうかについて判断する立場にない」、「政府としては、一般的に婚姻意思の問題について立場にない」(合同結婚式での結婚に介入しない)とし、これら一連の動きのなかで抜本的な対策のチャンスを失った。

「90年代の初めのころなら、統一教会に対して批判的な世論を背景に教団に厳しい措置が取れるチャンスだったのに」という人が多いが、金丸一派(小沢一郎など)、亀井静香、さらには、自社さ政権に参加していた社会党や新党さきがけ(鳩山由紀夫、菅直人、枝野幸男など)こそが、むしろこの時代の怠惰の主役であり、いま主として立憲民主党など野党サイドにいる人たちだ。

ましてこの時期は、安倍晋太郎が亡くなり、安倍晋三は山口に転居して後継となるべく奮闘し、やがて、当選したものの一回生であったので、ほとんど関わりなど存在していなかった。

また、その後旧統一教会は、自公連立政権の成立に伴い、自民党支持に残るか、民主党支持に鞍替えするか動揺した。このころ、旧統一教会の支持を獲得すべく先頭に立って奔走していたのは、鳩山由紀夫氏である。

しかし、結果的に、旧統一教会は小泉人気にあやかるために自民党支持にとどまり、とくに清和会を支持するようになったが、2012年の総裁選挙でも清和会は安倍晋三でなく町村信孝を推していたのである。