■家を見つめる気配
4ヘクタールという広大な敷地にあってさえ、そしてその墓はどれも私でも抱えあげられそうなほど小さかったにもかかわらず、そこだけ墓碑の辺りだけ妙に深閑と静まり返ってそこはかとなく冷気が漂っていた。
私は秋山さんに訊ねてみないではいられなかった。「どんなお墓だったんですか?」と。
すると彼はなぜか少しためらって、「変な感じがすると思います」と答えたかと思うと、自嘲するかのような笑い声を立てた。
「変な感じも何も、ハッキリと変な家ですよね! ハハハハハ……。僕が小学校の低学年のときに、お墓を隠すようにツツジを植えたんです。それまでは庭に出るのもおっかなくって、友だちも呼べませんでした。お墓が怖くて。子どもの目には大きく見えましたし……夜になると大型犬が6頭並んで、家の方をじっと見つめているように感じたんですよ」
6基の墓碑は、どれも幅が子どもの身幅ほどで高さ1メートル足らずだったという。大きな犬が座ったぐらいの大きさだと思えなくはないが、秋山さんは、日没後、家の中から見たときのその光景をこんなふうに説明した。
「大きな犬が6匹、こっちを見張っているようでした。三角形の耳を立てた日本犬のシルエットでしたよ! 黒い影なんですけど、犬の輪郭がわかったから、母に、犬がいると報告しに行きました」
そのとき彼は4歳で、庭の梅が満開だったそうだから、2月か3月のことだった。もう夜になっていたが、会社員だった父と定年退職後に系列の子会社の取締役をしていた祖父はまだ帰宅しておらず、家には母と祖母と2つ下の妹がいた。
「台所で母が夕食を作っていることを知っていたので、台所に飛んでいって、庭に犬がいる! お墓が犬になっちゃった! ……と、こう、興奮して話したところ、母が真っ青に……。今でも憶えているんですが、本当にサーッといっぺんに血の気が引いて幽霊みたいな顔色になって、そういうことを言っちゃダメだと大声で言ったものだから、てっきり叱られたと思って泣きながら、でも犬がいるんだもん!と……。これが私のほとんど最初の記憶です」

「そんなことがあったら庭が怖くなるのも当然ですね」
「はい。また、それからも、怖いもの見たさで何度も日が沈むと庭を見てしまい、そうすると、やっぱり犬の影に見えたので……」
「ご家族は何て?」
「母は口に出して言ってはいけないと繰り返していました。父は笑って、見間違えたんだろう、と。祖父は、きっと犬たちはうちの守り神なんだから、お墓に手を合わせようと言って、怖がる私の手を引いて庭に出て墓掃除の手伝いをさせたので、祖父には二度と言わないことにしました」
「お祖母さまは?」
「祖母は、私の犬が死んでもちゃんとうちの家族を見ているから、悪さをすると彼の世から走ってきて罰を当てるよ、と」
「それは小さい子にとっては怖すぎますね! 要するに脅しですから。まあ、大抵、昔の年寄りはお天道様や神さまが見ていて悪い子には天罰が下るという話が好きでしたけど。でも犬が見ているというパターンは初耳です」
「私も祖母からしか聞いたことがないです。祖母はなんとなく怖い人で、私はずっと苦手でした。母の影響かもしれませんけどね。母が祖母を恐れていたので。また、妹は祖母に懐いて、とても可愛がられていましたが、私は叱られることの方が多かったから」
「もしかして、犬のことで秋山さんが何度も騒ぐので、お父さんたちがツツジを植えることにしたんですか?」
「たぶん、そうだと思います」
それからも、ツツジの植え込みから犬の唸り声が聞こえたような気がしたり、庭を大きな犬が走り抜けたと妹が秋山さんに言ったりといった出来事があったが、どれも両親によって「気のせいだった」と結論づけられて終わった。
そのうち秋山さんたち兄妹は成長して、オバケの類よりも受験勉強や部活動が重要になり、犬の墓のことなど気にもならなくなっていった。