ネタニヤフ氏は2023年10月28日、突然、「アマレクが私たちに何をしたかを覚えなさい」と述べた。アマレクについては旧約聖書「申命記」第25章や「サムエル記上」第15章に記述されている。モーセがエジプトから60万人のイスラエルの民を引き連れて神の約束の地に向かって歩みだした時、アマレク人は弱り果てていたイスラエルの民を襲撃した。「アマレク人は神を恐れなかった」と記述されている。
ネタニヤフ首相は当時、「アマレク人の蛮行」と「ハマスのテロ」を重ねて語ったのだ。神は預言者サムエルを通じてユダヤ統一王国初代国王サウルに「今、行ってアマレクを撃ち、そのすべての持ち物を亡ぼし尽くせ。彼らを許すな。男も女も、幼な子も乳飲み子も、牛も羊も、ラクダも、ろばも皆、殺せ」と命じている。サウルはアマレクと闘い、勝利したが、アマレク人の王アガダを人質にして生かしていた。それを知った神はサウルに激怒し、「あなたは私の言いつけを守らなかった」としてサウルから離れていく。
神の祝福が自分から離れた事を知ったサウルはその後、疑心暗鬼になっていく。最終的には、サウル王は力尽き、ユダ族のダビデがサムエルから油を注がれて2代目の王となる。
ネタニヤフ氏はサウル王の運命を知っている。ハマスを壊滅させず中途半端で終戦すれば、自分もサウル王のような運命が待っているかもしれない。サウル王の二の舞になってはならない、といった思いが強いはずだ。
ネタニヤフ氏とサウルは、一方がイスラエル首相であり、他方はユダヤ王国の王だ。しかし、ネタニヤフ氏には「KingBibi」、すなわち「ビビ王」という愛称が付けられているのだ。イスラエルの映画監督ダン・シャドゥア(DanShadur)氏はネタニヤフ首相の歩みを「KingBibi」というタイトルでドキュメンタリー映画を製作している。
ダン・シャドゥア監督によれば、ネタニヤフ首相は、祖国の未来を含め全ての出来事は自身のドラマの題材と受け取っている。彼は左翼、テロリスト、ジャーナリストから常に狙われ、批判されている一方、「自分だけがイスラエルを砂漠から導くことができる唯一の指導者だ」という思いが強いという(『ビビ王』のイスラエル王国の行方」2019年04月11日)。