古くは「和名類聚抄」に名前を連ねながらも、実際に朝廷への献上品とはならなかった桃は、室町時代以降、点心として庶民に愛されるに至ったという経緯があるのです。
さらに、「本草図譜」に記された「水蜜桃」は、実が約12センチという大振りなもので、たっぷりとした汁気が特徴。
江戸国内ではその栽培実績は微々たるものの、海外の品種としてその存在が知られていたというのは、まるで夢物語のような奇抜さを感じさせます。
さて、これら二つの果実は、江戸の風土と人々の生活に深く根差しておりました。
暑い夏、町角や川辺で味わう水菓子は、ただ水分補給のためだけではなく、視覚的な涼しさや、上品な味わいへの憧憬の象徴であったのです。
また桃はその小さくも個性豊かな実で時には苦味や酸味を帯びながらも、江戸の人々にとっては希少な贅沢であり、点心としての側面から一種の季節感を演出していたのです。
こうして、江戸の夏と秋、そして果物たちが織りなす物語は、現代の私たちに、ただの懐古趣味を超えた、あの日の粋な情緒と、時折露わになる人情の温かさを、そっと伝えてくれているかのように思えます。
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参考文献
近代日本における果物の普及に関する一考察(秀明大学リポジトリ)
https://shumei-u.repo.nii.ac.jp/records/55
ライター
華盛頓: 華盛頓(はなもりとみ)です。大学では経済史や経済地理学、政治経済学などについて学んできました。本サイトでは歴史系を中心に執筆していきます。趣味は旅行全般で、神社仏閣から景勝地、博物館などを中心に観光するのが好きです。
編集者
ナゾロジー 編集部