だが、ある程度の年数を生きれば誰しもわかることが、「人はわかり合えない」という本質だ。コミュニケーションは「話せばわかる」と考えるのではなく、「本来、人はわかり合えない。だからこそ、少しでも伝わるよう話者はコミュニケーションを磨き、創意工夫をする」という前提で設計する必要がある。

ところがコミュ障は「たくさん話し、熱く語るほど伝わる」という誤解をしている。だから自分のターンでできるだけ多く、情熱的に伝えようとする。だが情報量が多いと逆に話は伝わりにくく、話量が増えるほど聞き手の集中力が減っていく事実を理解しないので、往々にして一方的に喋り続けてしまうのだ。

コミュ障は聞き手に責任を求める

筆者は「あらゆる会話の半分以上は話者に責任がある」と考える。もちろん、聞き手の責任がゼロではないが、それでも話者に比べれば「責任の比重はより大きい」という考えは変わらない。

コミュニケーションにおいて、伝わる努力や技術を使えるのはほとんどが話者である。

込み入った内容なら図解化する。 一文はできるだけ短く。 専門的な話には身近な例で例え話をする。 難しい言葉は簡単な言葉に言い換える。

こうした工夫をすることで、相手の理解度は高まる。一方で聞き手ができることは話者に比べるとあまりない。

ところがコミュ障は「話せばわかる」が前提なので、伝わらない状況を「聞き手が集中して聞いていないから」と相手のせいにする。

さらに「これはちゃんと伝えなければ」とますます話量を増やすという愚行に出る。根本的に伝える技術がないまま話す量を増やしても解決しない、ということを知らないのだ。

コミュ障は全てを口に出す

コミュ障の中には「頭の中の思考」をいちいちすべて口に出してしまうタイプもいる。これをされると聞かれたことにちゃんと回答しなければ!と相手の立場で考えられる聞き手を苦しめることになる。

「今の話は独り言なのか?それとも回答を求める質問なのか?」ということで逐一、相手のマインドシェアを奪い取り、時間をムダに使わせてしまう。また、脳内の言葉なので行き過ぎた表現や、相手の気持ちを無視した無神経な話をしてしまいがちだ。