その結果、ゲーム前とゲーム中に女性の涙を嗅いでいた男性は、生理食塩水を嗅いでいた男性に比べて、報復の回数が実に43.7%も低くなっていたのです。

女性の涙(Tears)と生理食塩水(Saline)での攻撃的行動(APR)の違い。涙を嗅いだ時に顕著に攻撃性が低くなっていた
女性の涙(Tears)と生理食塩水(Saline)での攻撃的行動(APR)の違い。涙を嗅いだ時に顕著に攻撃性が低くなっていた / Credit: Shani Agron et al., PLOS Biology(2023)

この効果の大きさには研究者たちも驚きを隠せませんでした。

これを受けてチームは、脳で起こっていることも調べたいと考え、別の実験を実施。

33人の男性(平均27歳)を対象に脳活動を測定する磁気共鳴機能画像法(fMRI)を付けた状態で、先とまったく同じ実験をしました。

すると女性の涙を嗅いだ男性の脳では、攻撃性に関連する脳領域の活動が低下し、さらに匂いの処理に関する領域と攻撃性に関する領域との神経ネットワークの接続性が高まっていることが確認できたのです。

この結果は明らかに、女性の涙に含まれる何らかの化学物質の匂いが、攻撃性に関わる脳活動を抑制していることを示しています。

しかし奇妙なのは、ヒトにおいては涙に含まれる化学物質の匂いを検出する嗅覚システムが知られていないことでした。

このシステムはマウスでは見つかっているものの、ヒトに涙の匂いを検知する能力があるかどうかは不明です。

そこでチームは最後に、ヒトに涙の匂い成分を検知する能力があるかどうかを検証しました。

涙の匂いで活性化する嗅覚受容体を発見!

チームは過去に見つかっている62種類のヒト嗅覚受容体(匂いを検出するタンパク質)に、女性の涙と生理食塩水をさらしてみました。

その結果、4種類のヒト嗅覚受容体が涙に含まれる化学物質に特異的に反応して、活性化することが新発見されたのです。

これらは生理食塩水に対しては無反応でした。

ヒト嗅覚受容体「OR11H6」と「OR2AG2」が涙(青)によって活性化。生理食塩水(赤)では特に反応がなかった
ヒト嗅覚受容体「OR11H6」と「OR2AG2」が涙(青)によって活性化。生理食塩水(赤)では特に反応がなかった / Credit: Shani Agron et al., PLOS Biology(2023)