しかし、こうした方法は限られた部位にしか適用できず、より汎用的な放射線防護技術が求められていました。
そんな中、研究者たちは驚異的な耐性を持つクマムシに着目したのです。
クマムシパワーでDNA損傷が50%も低減!
クマムシは、極端な環境に耐えることができる数少ない生物の一つです。
その耐久力・適応力だけを取ってみれば、”史上最強の生物”といっても過言ではありません。
実際に、クマムシは放射線だらけの宇宙空間でも生存できることが確認されています。
具体的にいうと、クマムシは人間にとって致死量となる放射線量の2000〜3000倍に耐えられるのです。
そして、こうした放射線への耐久力は、DNAを保護する特殊なタンパク質「Dsup(Damage suppressor)」によるものであることがわかっていました。
DsupはDNAと直接結合し、放射線によるDNAの二本鎖切断(=細胞へのダメージ)を抑制する働きを持っているのです。

研究チームは、このDsupを「人間の細胞にも応用できるのではないか」と考えました。
ただ、クマムシ由来のタンパク質をそのまま人間の細胞に導入すると、免疫系が異物として認識し、拒絶反応を起こす恐れがあります。
そこでチームはDsupをコード(合成)するメッセンジャーRNA(mRNA)をナノ粒子に包み、ターゲットとする組織に一時的に送達するという新たな手法を考案しました。
チームは実験として、このmRNAナノ粒子をマウスの頬や直腸に注射し、その後がん治療に相当する放射線を照射することに。
その結果、驚くべきことに、Dsupを発現したマウスでは放射線によるDNA損傷が50%も減少していることが確認されたのです。
また興味深い点として、Dsupタンパク質の防護効果は注射部位のみに限定されており、腫瘍細胞には影響を与えないことがわかりました。
これは放射線の本来の目的であるがん細胞の破壊を妨げることなく、健康な細胞のみを保護できる可能性があることを示しています。
