人工原子とは、超伝導状態の電気回路を使って、まるで“自然の原子”のような性質を再現したものです。

自然界の原子は、電子がとりうるエネルギーの階段(離散的なエネルギー準位)が決まっていますが、人工原子ではこのエネルギー階段を「回路の設計」や「外部からの磁束制御」で自由に調整できるようにしているのです。

具体的には、ジョセフソン接合(超伝導体を極薄の絶縁膜で挟んだ素子)やコンデンサ、コイルなどを配置し、電流が超低温環境で抵抗なく流れるように工夫します。

このとき電子同士が量子的に結びついた“クーパー対”(超伝導を担う電子ペア)が形成され、自然の原子における電子軌道のように離散的なエネルギー準位をつくり出すのです。

自然の原子は、エネルギーの階段があらかじめ決められているため、「もう少し階段の幅を広く(あるいは狭く)したい」と思ってもほとんど調節はできません。

一方、人工原子は回路パラメータや外部磁場を変えることで、エネルギー準位の間隔を大きくしたり小さくしたりできるという大きな特徴があります。

今回の研究では、この特性を利用して複数(5つ)の人工原子を異なる周波数に設定し、一斉にマイクロ波を吸収して再放出するタイミングを精密にコントロールしています。

さらに重要なのが、人工原子を結合させる“超伝導共振器”の存在です。

共振器は、特定の周波数で電磁波を行き来させる装置で、マイクロ波の光子(エネルギーのかたまり)を効率よく出し入れする舞台となります。

人工原子と共振器を一緒に設計すると、光子が行き来するルートと、人工原子が受け取るエネルギーのルートが結びつき、マイクロ波をためておけるうえに、その放出の仕方を好きなように制御できるというわけです。

自然の原子では考えにくいほど柔軟に「エネルギーの階段」と「光とのやり取り」を操れる――それが、この人工原子の最大の強みなのです。

人工原子による光の“再放出”ショー

“光を止めて操る” 人工原子を開発
“光を止めて操る” 人工原子を開発 / 今回の実験装置とその働きを図で示しています。以下、それぞれのパネルを日常の言葉で説明します。 (a) 均一な人工原子による振動の様子 ・この図は、すべての人工原子が同じ設定になっている場合を表しています。 ・短いパルスを入れると、すべての人工原子が同じタイミングでエネルギーを交換し始め、一定のリズム(真空ラビ振動)で動く様子が描かれています。 (b) 周波数を少しずつ変えた場合の再放出現象 ・こちらは、人工原子の設定を少しずつ変えて、異なる周波数に合わせた場合のイメージです。 ・最初はエネルギーがばらばらに分散してしまいますが、やがて各人工原子の動きがまた揃い、まとめてエネルギーを放出する現象が起こります。 ・つまり、人工原子が「バラバラだったものが、タイミングよく一斉に元気を取り戻す」様子を示しています。 (c) 実際の実験装置の画像とセットアップ ・この図は、実際にどのような装置を使って実験しているのかを写真と簡単な模式図で示しています。 ・画像には、7個の超伝導量子ビット(人工原子)が並んでおり、そのうち5個が今回の主要な実験に使われています。 ・装置は、特別な金属線(共振器)や、各人工原子の周波数を調整するための線路が組み合わさっており、超低温(10 mK)に冷やされていることがわかります。 (d) 人工原子の細かい仕組みの拡大図 ・この拡大図では、個々の人工原子の構造が詳しく描かれています。 ・各人工原子には、磁束(外部からの調整でエネルギーを変える)を受け取るための部品がついています。 ・この仕組みにより、各人工原子のエネルギー(いわゆる「階段」)を細かく調整できるようになっているのです。/Credit:E. S. Redchenko et al . Phys. Rev. Lett (2025)