一方、ラットの心臓や肝臓、腎臓などをガラス化して保管した後、解凍して機能が戻る事例は近年いくつか報告されています。
しかし、記憶や学習の中枢となるシナプス可塑性や、無数の神経細胞ネットワークをもつ脳を、そのまま無傷に保管するのは非常に高いハードルだと考えられていました。
実際、2000年代頃までは脳のごく一部を短時間だけ冷却し、解凍後にわずかな活動を確認する程度の報告があるにとどまっていたのです。
そうした状況の中、マウスの脳スライスを1週間ものあいだガラス化状態で保ち、再び温度を上げてシナプスの働きや神経活動、さらには記憶のカギを握る可塑性まで元に戻すことを試みる研究が行われました。
「脳は氷結さえ防げば、物理的な構造を保ったまま再稼働できるのではないか」という仮説を、ここまで徹底的に検証し、しかも成功させた例は非常に珍しいといえます。
この成果によって、長期間の脳保存や、人為的に“仮死状態”をつくり出す技術が、あながち絵空事ではなくなってきたのです。
冷却から蘇生へ――実験の全貌

本研究では、まずマウスの脳スライスを使い、ガラス化による凍結保存と解凍後の機能回復を調べました。
脳スライスは学習や記憶を担う海馬という領域から取り出し、厚さを数百マイクロメートル程度に保っています。