一方でぼくはむしろ近年、日本人の一部に家畜化を巻き戻し、野生に還りたがる傾向が見られることに注意を促してきた。昨秋の記事で採り上げた、B.ヘア & V.ウッズ『ヒトは〈家畜化〉して進化した』も、もとは池田さんに教えてもらった本だが、考察のヒントになった。
『平和の遺伝子』には、そうした視点からも読み解けるエピソードが詰まっている。たとえば京大サル学の泰斗だった伊谷純一郎の「規矩」論を引いて、池田さんはこう述べる。
チンパンジーには白目がなく、対面すると優位な猿は相手をにらみつけ、劣位の猿は顔をそむける。類人猿の脳には生まれたときこの序列が刷り込まれるので、顔を向けてにらみつけることが優位を示す。
ところが人間の目は白目がはっきりしていて、顔を向けなくても視線がわかる。それは人間の序列が固定されていないためだ。
チンパンジーのように相手をにらみつける行動は、その規矩が共有されている小さな集団の中では有効だが、他の集団と混じると、どちらが優位かわからないので争いが起こる。 (中 略) 人間は言葉で味方を確認するので、大きな集団をつくりやすい。猿のような固定的な序列がなく、だれがボスになるかは人間関係の中で決まるので、言葉で愛情や敵意を見せる。
『平和の遺伝子』57頁 強調を附し、段落を改変
いま、SNSでまともな議論が成立しないのは、言葉でなく「にらみつけ」でしかやり取りしないからだ。「このプロフィールを見ろ!(ドヤァ」「こっちはフォロワー○万人だぞ!(ドヤァ」と、議論の前から序列が固定されており、ボス猿についてゆくように子分が付き従う。