池田信夫さんが昨年末に出した新刊『平和の遺伝子』を読んだ。全4章のうち3つは、日本通史の形で書かれているけど、その前に置かれた第1章「暗黙知という文化遺伝子」が、本書ならではの魅力である。

日本人は「平和ボケ」している、とよく言われる。そのボケの理由を「敗戦と平和憲法」に求めるのが、いわゆる右の識者だけど、池田さんは従来からもっと深いところでボケてるんじゃないの? と指摘してきた。今作ではついに、中世・古代といった歴史を突き抜けて、動物行動学のレベルまで「ボケる理由」を遡らせている。

同書の構想については、2022年秋のこの対談でも、ちょっと聞いていた。進化生物学の「自己家畜化」の概念を使うと、長らく日本特殊論の形で語られてきた平和ボケの理由を、普遍的に定義できるのでは、との趣旨だ。

自己家畜化というアイデアが面白いのは、誰か悪辣な「飼い主」(絶対主義天皇制だったり、GHQだったり)がいたために、日本人が牙を抜かれて家畜化するのではないことだ。むしろ他者を攻撃せず、周囲と慣れあったほうが生存の上で有利な環境ゆえに、自ら野生を捨てて互いに「飼い慣らされあう」プロセスが、自然と起きる。

言い換えると「コイツらのせいで」といった陰謀史観抜きで、日本人がなぜここまで「じゃれあい民族」になったのかを、説明できる。WGIPガー的な歴史観の影響力が(世界的にも)広がる中で、いま、そうした視点を持つ意義は大きい。

エマニュエル・トッドと江藤淳|Yonaha Jun
共同通信に依頼されて、昨年11月刊のエマニュエル・トッド『西洋の敗北』を書評しました。1月8日に配信されたので、そろそろ提携する各紙に載り始めるのではと思います。
米国と欧州は自滅した。 日本が強いられる...『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』エマニュエル・トッド 大野舞 | 単行本 - 文藝春秋 ...