先述のように、ユーリー・ミラー実験などの影響で「硫黄含有アミノ酸は後期に追加された」という見方が有力でした。
しかし、実は原始地球は硫黄(S)に富んだ環境だった可能性が高く、実験条件が実際の古代環境を十分に再現していなかったのではないかという指摘が近年出ています。
ヒスチジン(H)についても、「アミノ酸としての生合成は難しいので遅い」と考えられてきましたが、細胞内で合成経路が発達していれば早くから利用可能だったかもしれない、というわけです。
この点は金属イオン結合に注目すると納得がいきます。
ヒスチジンやシステインは金属イオン(鉄、亜鉛、銅など)を巧みに扱い、酵素反応に不可欠な役割を果たします。
「金属を活用した酵素機能が初期生命においてすでに重要だった」という証拠が増えていることからも、金属結合アミノ酸が後期ではなくより早く追加されていたのはむしろ自然な解釈と言えるでしょう。
さらに分析を深掘りすると、LUCAよりもさらに前から存在した(=もっと古い)系統に属するドメインでは、トリプトファン(W)、チロシン(Y)、フェニルアラニン(F)、ヒスチジン(H)といった芳香族リング構造をもつアミノ酸の使用率が高いことがわかりました。
従来、トリプトファン(W)は「20種類のアミノ酸の中で最後に追加された」と考えられてきました。
ところが、今回の結果ではLUCAどころか「pre-LUCA」と分類される、より古い段階のドメインにWがしっかり含まれているのです。
この事実は、「まだ現在の遺伝コードが完成していない段階の生命体が、なんらかの方法でWを利用していた」と考えざるを得ない、非常に興味深い状況を示唆します。
著者たちは、「異なる環境や異なるコード」を持つ古代生物が同時期に存在し、最終的に“標準コード”へ収束した可能性を提起しています。
すなわち、現在の遺伝コードは「複数あった古代コードの中で勝ち残ったもの」ともいえるのです。
DNA以前に存在した“絶滅コード”の痕跡
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