これらの細胞は、目に入ってきた光(視覚情報)を脳に送る最終ステップを担うだけではありません。
隣り合う細胞同士で情報をやり取りしながら、映像の「暗い部分を少し持ち上げる」「明るい部分は押さえる」といった補正を行っていると考えられています。
たとえば暗い夜道でもある程度モノが見えるのは、こうした網膜レベルの自動調整の働きが大きいからです。
これらの細胞は“近所の細胞”同士でも信号をやり取りしています。
そのため、「ここは暗い」「いや、こっちも暗いぞ」とお互いが暗さを増幅し合うような現象が起こる場合があります。
研究チームは、網膜神経節細胞の“中心‐周辺”と呼ばれる性質を、DoG(Difference of Gaussians)というフィルタを使ってコンピュータ上で再現しました。
すると、中央が暗いと「もっと暗い情報を強調しよう」とする一方で、その周辺は逆に「暗さを減らす」ように抑制し合います。
このような仕組みが、簡単な数式処理(フィルタリング)で表現できるのです。
その結果、暗い領域を補正しようとする細胞どうしの情報交換が“中心部の暗さ”を「誇張」する反応を起こしていることがわかりました。
たとえば、暗い領域の中央を見ている神経節細胞が「ここはかなり暗いぞ」と隣の細胞に伝えます。
すると、その隣の細胞も「じゃあ私のところも同じくらい暗いのかもしれない」と影響を受けるような仕組みがあったのです。
研究では、それが連鎖的に広がると、実際よりも暗い部分が拡がっているように脳が受け取ってしまう可能性が示されました。
つまり、脳が「3Dの穴が広がっている」と高次的に推測する前の段階で、網膜の神経同士のやり取りだけで“錯覚を作るもと”が生まれているというわけです。
研究者たちは「隣り合う網膜細胞が互いにどのように影響を及ぼし合うのか、これを解き明かす手法を他の錯視や視覚現象の研究にも生かしたい」と述べています。