こうした錯覚を研究することで、脳がどのように視覚情報を処理しているか、つまり「何を頼りに世界を『再構築』しているのか」を探る手がかりが得られます。

ただ一口に錯覚と言っても、その原因はさまざまです。

たとえば、「回転する円の錯視」の一部は、脳内の視覚情報処理における“通信の遅れ”や、目が微妙に揺れ動くマイクロサッカードと呼ばれる現象によって引き起こされる場合があります。

一方、錯覚の中には脳の高次処理ではなく、目(網膜)そのものの性質が大きく関わっている可能性が示唆されています。

つまり、同じように「動いているように見える」錯覚でも、原因が脳の奥で起きているのか、それとも網膜や目の動きなど初期段階にあるのかで、メカニズムは大きく異なるのです。

今回注目されている錯覚は、中央に黒い穴のような部分があしらわれた図形を見ていると、まるでその穴が「奥へ奥へ」と広がっていくように感じられる現象です。

「ホワイトホール」と呼ばれる、逆に中央が白いパターンでは、眩しい光に近づいていくような感覚が生じ、実際に瞳孔が縮む生理反応も観察されています。

このように、たった1枚の静止画が私たちの視覚を欺き、暗い場所へ移動しているかのように錯覚させるのはなぜなのか――それを明らかにすることは、視覚研究の大きなテーマの一つになっています。

そこで今回、フリンダース大学の研究者たちは「拡大する穴の錯覚」が起こる仕組みを解明することになりました。

「拡大する穴の錯覚」はどこで起きているのか?

「拡大する穴」の錯視が起こる仕組みを最新研究が解明
「拡大する穴」の錯視が起こる仕組みを最新研究が解明 / 拡大する穴の錯覚は脳ではなくて網膜の信号の混乱によって発生します/Credit:Nasim Nematzadeh & David M. W. Powers . arXiv (2025)

「拡大する穴の錯覚」はどこで起きているのか?

調査にあたって、研究者たちはまず網膜に存在する神経節細胞(Ganglion Cells)と呼ばれる細胞群に注目しました。