もし“もつれ”が弱ければ、衝突後の分布は比較的バラバラになりますが、強いもつれ状態であれば、「飛び散り方の乱雑さ」や「粒子生成数」のパターンが理論計算とピタリ一致する、というわけです。

(※この予測には、量子情報理論でいう「エンタングルメントエントロピー」などの指標が用いられました)

すると、クォークやグルーオンがほぼ最大限にもつれた状態を仮定すると、陽子から飛び出すハドロンの観測データとすんなり符合する――これは、「陽子は単にクォーク3つの寄せ集め」ではなく、「大量の成分が不可分に結びついた一つの量子システム」だという見方を裏付ける大きな発見です。

たとえるなら、たくさんのダンサーが思い思いにステップを踏むのではなく、最初から全員が一体化した振り付けを知っていて、それを息ぴったりに踊っている――そんなイメージに近いでしょう。

もし互いがもつれていなければ、一部だけが飛び出す、あるいはまるで分解してしまうなど、陽子という安定した粒子としての姿は維持できないのかもしれません。

クォークやグルーオンもまた、全体が量子もつれによって統合されているからこそ、陽子という安定した姿を保てるわけです。

そして、この“チーム全体”の動きによって、私たちの体を含む物質が安定して存在できるということは、量子もつれが日常世界の基盤をなしている可能性を強く示唆します。

というのも、私たちの身体や周囲の物質は無数の陽子・中性子によって作られているからです。

つまり、陽子の内部にもつれがなければ、そもそも私たちを構成している物質は今のように安定して存在できない可能性が高いのです。

もつれは特殊で不可解な実験結果ではなく、“物質があるという現象”そのものを支えているわけです。

「量子もつれ」というとSF的なイメージや特殊な実験を想起しがちですが、私たち自身を含むあらゆる物質にも「もつれ」が当たり前のように組み込まれているのです。