ユーロダラーの慢性危機が意味すること
さて、やっと第2のご質問「現代の基軸通貨ユーロの衰退は、資産の自己増殖運動という資本主義社会の根幹が終わりに向かっていることを意味するのか?」にお答えする段階に到達しました。
一言で言えばたしかにそのとおりですが、その過程は劇的な変化ではなく緩やかで長期的な変化になるだろうと私は推定しています。
ユーロダラーが大活躍するのがふつうの景況だと思っているジェフリー・スナイダーは「国際金融危機のとき、信用創造メカニズムのどこかが壊れた。だからユーロダラーは危機に次ぐ危機に直面しつづけている」と見ています。
私はそうではないと思います。ユーロダラーにとってどんどん危機が長く、平穏な時期が短くなっているのは、少しでも高い配当・金利を求めて動き回る投資待機資金というユーロダラーの特徴から考えて当然のことだと考えています。
現代経済全体の特徴として、あらゆる経済部門の中でもっとも設備投資やR&D投資に多額の資金を要する製造業の比重が低くなり、あまり大きな投資を必要としないサービスの比重が高まっているからです。
次の2段組グラフの上段は、このところ製造業の景況が慢性的に悪化していることを示しています。
また下段を見ると、GDPの拡大の中で素材産業の設備投資はかつてなかったほど低額になっているとわかります。
だから、素材産業の画期的な急回復が見こめるという説もありますが、無理でしょう。製造業全体の消費に占めるシェアが下がっているだけではなく、その中でも大量の素材を必要とするサブセクターはとくに業績が落ちこんでいるのです。
そして、製造業全体としてかなり設備投資が低迷した時期が続いても、設備能力は過剰気味で、稼働率もじりじり下がり続けています。
ようするに、現在の設備をまったく増強しないでも十分対応できる程度の需要しか製造業各社は見こめない状態がふつうの景況になっているのです。「不況」ではなく「普況」というわけです。
それに伴って、投資待機資金であるユーロダラーが張り切って大量に出陣するチャンスも減っています。だから、投資家が高い利回りを獲得できるチャンスが多いことが豊かな社会だと考える人たちにとっては暗い社会になるでしょう。
ただ、資本の蓄積がどんどん深まっていくより、消費者にとって選択の余地が広がることが豊かな社会だと考える人たちには、ユーロダラーが緩やかに衰退していく社会は決して暗い社会ではありません。
むしろ、過剰流動性ブームの行き過ぎが必然的にもたらす突然の流動性枯渇といった激変に次ぐ激変のサイクルが、徐々に穏やかな変化に変わっていくという点でも好ましい社会です。
投資の役割は完全に否定されるわけではなく、徐々に比重が下がっていくだけです。もちろん、昔ながらの製造業大手や、それ以上に大口の資金調達を飯のタネにしている金融業界はなんとかこの時代の趨勢を押しとどめようとするでしょうが。
この趨勢は、次の2段組グラフからも明瞭に読み取ることができます。
上段は世界の貿易総額と取引1件当たりの取扱額を示しています。世界貿易の増大を牽引する国が日本から中国に変わったことの影響が、1件当たり取扱額に出ています。
1990年代半ばまでは貿易総額とともに1件当たり取扱額も伸びていました。原材料の輸入依存度の高い日本が高級・高額・高付加価値志向で、良い製品をそれなりに高く輸出していた時期のことです。
その後、中国が貿易総額増大を牽引するようになるとサブプライムローンバブル拡大期を除いて、1件当たり取扱額はほぼ一貫して下落しています。低価格・低品質競争の時代に変わってしまったのです。
この転換は、世界中の消費者にとって不運な変化だったと思います。eコマース(ネット通販)の普及がそれに輪をかけた傾向は否めません。
ただ、下段は世界中の消費者が製品よりサービスを買う比重を高めることによって、貿易が世界GDPに占めるシェアが着実に減少に転じていることを示唆しています。そして、ユーロダラーにとっては慢性的な危機状態がやってきたわけです。
しょせん高い利回りを求めて動き回る烏合の衆に過ぎないユーロダラーと、中央銀行デジタル通貨で中央集権化の権化になり果てた各国中央銀行のどちらが、この自然で好ましい方向への流れを強引に押しとどめようとするでしょうか。
当然、各国中央銀行のほうでしょう。ですから私は、ユーロダラーが事実上の基軸通貨であり続けながら緩やかに衰退していくのが、ベストシナリオだと確信しています。
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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2023年11月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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