流動性がブームと危機の分かれ目を支配する
ここで、まず1990~2023年の期間内に世界流動性指数が実際にどんな動きをしてきたのか、チェックしておきましょう。
一目瞭然と言うべきでしょうが、世界流動性指数が50を超えるとさまざまな資産の価格が急上昇するブームになります。逆にこの指数が50を下回ると、ほぼ確実に特定の国や地域の銀行業界が危機に陥ったり、特定の銀行が破綻したりします。
2000年代末から2010年代前半にかけて何度かのQE(量的緩和)によって流動性を人為的に高めに保ってきたアメリカでは、かなり長期にわたって株価と不動産価格が上昇しつづけました。
ですが、ごく最近、とうとうじゃぶじゃぶの量的緩和がもたらす資産インフレに懸念を抱いたFedがQT(量的引き締め)に踏み切ってからは、長年にわたって続けた量的緩和の反動のように世界中が極端な流動性不足に襲われています。
また、過去の法則通りにアメリカでは地方の中小銀行から中堅銀行まで5~6行が破綻し、スイスではクレディ・スイスがUBSに身売りする事態に追いこまれました。
今回の流動性危機の特徴は、1990年までさかのぼってもこれほど低いことはなかっただけではなく、第二次世界大戦後では1960年代後半以外には一度も起きたことがないほど深刻な水準まで流動性が枯渇しているという事実です。
なお、今回の本題からはちょっと外れますが、ちょうどまん中あたりに「ドル安」「日本バブル」との注記が入っています。ほかのサイクルのブームではだいたい流動性指数が70~80台に上がっていたのに、日本のバブルは60を少し超えたところではじけていたのです。
この流動性上昇率の低さこそ、株や不動産に手を出していた人を除けば、日本のバブル崩壊が日本国民全体の生活にはあまり大きな影響を及ぼさなかった最大の理由でしょう。
つまり、日本では資産ブームに乗ってどんどんバブルを膨らまそうとする人があまり大勢にならず、いっときのボロ儲けの後20~30年苦しむ人の数も少なかったのです。この慎重さは大いに賞賛すべきだと思います。
それに比べると、現代アメリカではさすがに「これから不動産でひと儲け」と思う人は減りましたが、まだまだ株のブームを膨らませようと張り切っている人が多いことにあきれます。遠からぬ将来、手痛いしっぺ返しを食らうことになるでしょう。
世界中の株価を総合した指数の動きと、アメリカを代表するS&P500株価指数の動きを、世界流動性指数との対比で見ると、アメリカ株がいかに不自然な高値を維持しているかわかります。
世界株価指数は、ほぼ世界流動性指数に沿った動きをし、2022年後半から流動性指数が大きく下がったときには、その下げ幅を上回る大きな落ちこみとなりました。
ところが、S&P500のほうは、2022年後半あたりから、世界流動性の下げとは無縁に上昇基調を維持しているのです。
この差については「いわゆるハイテク大手のマグニフィセント7の業績がいいから、当然だ」とおっしゃる向きもあります。ですが、すでに銀行危機は始まっていて、しかも収拾のめどが立たないどころか、情勢は日増しに深刻になっているのです。
その環境でたかだか10社未満の企業業績がいくらいいと言っても、金融危機の影響はアメリカ経済全体に及ぶであろうことを考えれば、あまりにも楽観的過ぎるでしょう。
アメリカの銀行危機はどんどん深刻に現在アメリカの銀行業界が直面している危機は、おそらく1929年の大恐慌から1930年代大不況以来、まったく類例がなかったほど厳しいものになっています。
アメリカ金融業界が陥った苦境を象徴するのが、預金集めでは直近2年間の累計で見てもマイナス成長、集めた預金を融資した実績でも前年同期比でマイナス成長と、バランスシートの両側で業界全体が収縮しているという事実です。
このふたつの指標が同時にマイナスになったのは、ほぼ確実に1930年代以来のことだと思います。また、アメリカの銀行業界は大手と中小で抱えている問題も違い、それぞれに解決の糸口が見いだせない状態にあります。
まず大手各行にとって最大の問題は、保有している証券類、とくにアメリカ国債の値下がりによる含み損が莫大になっているという事実です。
Fedが量的緩和から量的引き締め+利上げに方針転換してから、米国債価格は下げつづけています。国債の金利が上がるということは、それだけ少ない出資額で同じ金利収入があるということです。
ですから、新発債が高金利で発行されたら、発行済みの国債保有者はその金利が稼げるところまで自分が持っている国債の価格を下げないと売れません。上段にあるとおり、流通中の米国債の価格は、3年累計で見て16%という非常に大幅な値下がりに見舞われています。
大手銀行にとって莫大な金額の国債を保有しておくことは、経営戦略上欠かせません。たとえば、リバースレポという取引では手持ちの国債を1晩Fedに預かってもらうだけで、翌日引き取るときに年率5%を超える金利収入が日割り計算で入ってきます。
ただ、手持ちの国債の市場価格は、新発債の利回りが高まるにつれて安くなっています。というわけで、大手行中心に銀行業界全体が保有証券(その大部分は米国債)に大きな含み損を抱えています。
国債は国が破綻しないかぎり満期で償還するときには額面で引き取ってもらえるので、途中経過で巨額の含み損を抱えていても「満期まで保有します」と言えば損失として計上する必要はありません。
しかし、他の分野で巨額の損失が出て現金を確保する必要があったり、取付で預金の引き出しが殺到したりすれば、大きな損失を実現しながら換金しなければならないこともあり得ます。
一方、中小銀行最大の問題は商業用不動産向けの融資比率が高いことです。
上段を見ると、大手の不動産向け融資が総資産の7%程度なのに、中小の不動産向け融資は総資産の30%近くに達しています。下段に眼を転ずると、大手は現金準備にかなり余裕がありますが、中小はぎりぎりの現金準備しか持っていません。
中小銀行の現金不足は不動産向け融資が焦げ付くことが多いのも、一因となっています。たとえば次の2段組上段の差し押さえ不動産物件の販売広告を見ると、現在の不動産市場はサブプライムローンバブル崩壊直後の時期よりはるかに劣化しているとわかります。
下段では、集合住宅や宿初・娯楽施設ではコヴィッド-19の影響が一過性にとどまってその後急回復しているのに比べて、オフィス向け融資の延滞率はむしろ最近になって急上昇しています。
多くの銀行が不動産向け融資の中ではオフィス案件が比較的安定した高収益が見こめると思って大都市中心部のオフィスに的を絞った融資をしていたようですから、これはかなり大きく中小銀行経営の足を引っ張るでしょう。
というわけで、今や銀行と不動産はアメリカ株市場でのパフォーマンスの悪さで一、二を争うセクターとなっています。
アメリカ経済というと「金融技術の革新で世界をリードしてきた」とお考えの方が多いようです。それなのに、アメリカの株式市場自体が1970年代末頃から金融特化度が高まったアメリカ経済の中での銀行の役割を一貫して低く評価しているのですから皮肉なものです。
また、不動産業界のS&P500時価総額に占めるシェアは、サブプライムローンバブル絶頂期の14%から現在は3分の1強の4.9%まで下がっています。
今はますます時価総額シェアが高まっているハイテク大手株が「さすがに評価が高すぎる」となったとき、銀行業界も不動産業界も株式市場に流れこむ資金の受け皿になれないことは間違いないでしょう。
中央銀行に長期的ゲームプランはあるのか?ここまで金融市場が八方ふさがりになり、しかもFedは事態を悪化させる「金利高止まり」以外にはなんの政策もなさそうだということになると、いったいFed(あるいは広く世界中の中央銀行)には、長期的なゲームプランがあるのかという議論が出てきます。
次の2段組グラフをご覧ください。
まず上段ですが、アメリカ連邦政府の財政赤字はまだ4年しか経っていない2020年代に赤字の大きさでワースト4が並んでいます。
しかも、2020年の史上最大の赤字は、コヴィッド-19対策の無駄な空騒ぎが大きかったためですが、2022年に縮小した赤字幅が2023年にふたたび拡大したのは確実に大量発行している国債の支払金利が増え始めたからです。
下段を見ると、もう米国債はアメリカ国民にとって安全確実な利殖の手段ではなくなっていることがわかります。
この間の利上げで新発債の金利収入は増えましたが、古くから持っている国債の価格低下がすさまじく、インフレ率を加味した実質ベースでは30%を超えています。
しかも、Fed自体も昔から持っている米国債の金利収入は微々たるものなのに、毎日出ていく利払い費は金利引き上げによって5%台まで急上昇してしまったため、膨大な損失を余儀なくされています。
上段でご覧のとおり、Fedの損失は2023年で約1200億ドルとなっています。下段を見ると、今年の3月以来毎日利払い費で7~8億ドルずつ出て行っていますから、実際には1000億ドル台に抑えるのはむずかしいでしょう。
たしかに、ここまで不利なことばかりの利上げを強引に推進するFedにはまったく長期的ゲームプランはないのかと疑いたくなります。いったい何をどうする気なのでしょうか?
ただ、私はFedや欧州中銀の幹部職員たちは、この形勢を一気に逆転する秘策を練っているのではないかと思っています。
その秘策とは「もうここまで悪化した金融市場を尋常の手段で救うことはできないから、不換紙幣を全廃して中央銀行デジタル通貨しか流通しない世界にする」ことです。
そうすれば、すでに景況を左右する基軸通貨としての地位をユーロダラーに奪われて外野席からヤジを飛ばす私設応援団的な存在に落ちぶれているFedは、実際に金融市場を管理し統制する権限を取り戻すことができます。
Fedの幹部職員たちのプロフェッショナルとしてのプライドは、自由競争の市場経済を捨てて全面監視社会=完全統制経済にしてでも、自分たちの職能が尊重される世界を取り戻すほうに向かうでしょう。
とは言えこの点については、先進諸国で自分たちの行動がほぼ完璧に政府に監視され、統制されることを望む人たちが多数派になる国はほとんどないだろうということで、私はまああり得ない選択だろうと楽観視しています。