ここはかつて飫肥の上級家臣だった伊藤伝左衛門の邸宅。これをリノベーションして「茜さす飫肥」として一党貸しの宿泊施設としています。
武家の世界に思いを馳せながら、かつて武士たちが住んだ家からゆっくり庭を眺めることができるなんて、なかなか他ではできない宿泊体験です。宿泊者がいないときは敷地内に入り、庭園をゆっくり見ることができます。
かつて町の学校としても活用された振徳堂城跡の東、武家屋敷を抜けた先にある木造建物は振徳道とよばれる教育施設。1831年に飯肥藩13代祐相公により開校され、孟子の教えにあたる「又従而振徳之」から振徳堂と名付けられました。学校として多くの優秀な方が輩出されており、先に名前の出た外交官、小村寿太郎もここで学び知識を蓄えたと言われています。
いかにも寺子屋!といった室内。日本の南の端から出世を祈願しつつ勉学に励み、のちの日本社会を築いていきました。
戦後学校としての役割を終え、一時期保育所として活用されました。時代を通じて教育に深く携わってきた建物です。古の偉人たちが学び育っていった学校で育てられた子供たちもさぞ立派な大人になっていったことでしょう。
平日の城下町は静かで人混みもなく落ち着いて街を歩くことができました。みなさんもゆったり飫肥の城下町の散策を楽しんでみてはいかがでしょうか。
編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2025年1月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。