筆者がミレイ氏の例を挙げたのは、日本で首相を有権者が直接選ぶような制度が必要だということである。首相を有権者が直接選ぶようにすれば、首相候補者は必要な改革を公約として国民の前に誓うことができる。それで選ばれたのであるから首相はその公約を実行して行かねばならない必要に迫られる。
今の国会議員と党員が首相を選ぶ制度では、首相に選ばれても必要な改革を実行していないというのがこれまでの実情である。また実行しなくても、党内で充分な支持を確保していれば首相であり続けることができることになっている。
首相公選制にするには憲法を改正せねばならないという意見がある。それは改正すれがよいことだ。戦後、米国から押し付けられた憲法を金科玉条のごとく今も守り続けていること自体が異常である。
兎に角、現行の政治制度では改革など単に言葉だけで終わってしまう。それがこれまで証明されている。首相がリーダーシップを発揮するには国民から直接選ばれたというバックボーンが必要である。そして選ばれた首相は国民からの支持を支えにして必要な改革を断行していくことになる。
そうなれば、自ずと首相が先頭を切って閣僚そして官僚を指示して行くことができる。それに従わないのであれば、解雇すればよい。それだけの権利を国民から与えられているのである。ミレイ氏の場合、政権誕生から1年が経過したが、大臣や局長や次長などトップ官僚ら凡そ100名が入れ替わっている。大統領が国民に公約したことを大臣と官僚が遂行しないからである。
金権政治が蔓延している今の政治では政治家が動かない最後に付け加えねばならないことがある。現在の国会議員、特に与党議員の政治献金に甘えている現状では首相公選制が国の為に良いと分かっていても、それをやるだけの勇気はない。なぜなら、ひとりの議員が抱えている複数の秘書に給与を払って行くには政治献金失くして維持は難しいからである。だからこの改革に乗り出すと落選すかも知らないと思うと、改革をしようという勇断は下せない。なぜならそれで落選したら秘書を解雇せねばならなくなるからである。