■地表から32km上空に到達できればすべて解決
では、ウィルキンズは当時の科学技術でどうすれば月への旅行を実現できると考えていたのか?
もちろん、月旅行を実現させるため数多くの課題を克服する必要があることを彼は認識していた。ウィルキンズはまず、地上の物体を地面に引きつける神秘的な力である引力を克服しなければならなかった。まだこの時代にはニュートンによる「万有引力の法則」は提案されておらず、彼は引力を一種の磁気であると見なした。
ウィルキンズは、ウィリアム・ギルバートの研究に基づいて、2つの物体間の引力の強さが場所によって異なり、距離が離れると弱くなると考えた。したがって、地球の引力の適用範囲から逃れることができれば、そこから先はスムーズで簡単な航行が可能になると仮定。そして幾何学や三角法を含む一連の計算方法を駆使して、地球の引力が地表から32キロメートル上空で失われることを導き出したのだ。
また、当時から高い山に登るほど気温が急激に下がり、空気が薄くなることはよく知られていたが、宇宙に出ると空気はさらに希薄になると予想され、生きた人間には不可能な旅ということになってしまう。そこで聖職者でもあったウィルキンズは、これらの問題に対処するために神学に目を向けたのである。
彼は山頂が凍結して寒くなるのは、神が太陽の前方に作った雲に近いためであると考えた。また、空気に関しては、罪で汚染された人間の世界から遠ざかるにつれて空気が薄くなると説明した。地表から32キロメートル上空を越えれば、暖かくよりキレイな空気が満ちており、(人間の肺が慣れていないものではあるが)順応することで呼吸可能――要するに、地表から32キロメートル上空にまで達することができれば、月旅行の障壁となっている問題はすべて解決すると結論づけたのだ。ちなみに、現代の科学によって高度32kmまでに大気の99%があることが判明している。