■あなたが救える命
2009年、オーストラリアの哲学者ピーター・シンガーは、著書『The Life You Can Save: Acting Now to End World Poverty』(邦題『あなたが救える命: 世界の貧困を終わらせるために今すぐできること』勁草書房刊)で提示した思考実験。
「道を歩いていると、湖で溺れている子どもが目に入った。あなたはその子どもから十分に近い場所にいたので、すぐに泳いでいけば助けることができる。ただ、この子どもを助けると、あなたは買ったばかりの高価な靴を台無しにしてしまうことになる」
問い:あなたには子どもを助ける義務はあるか?
シンガーはYESと答える。あなたは溺れている子どもの命を救う義務がある。靴の値段など関係ない。シンガーのこの回答に同意した人は、次の質問にはどう答えるだろうか?
問い:目の前にいる子どもの命と地球の裏側にいる子どもの命に違いはあるか?
シンガーは両者の間には道徳的な違いがないと主張する。ここで高価な靴は、寄付のアナロジーになっている。靴の値段が命を救う上で問題にならないならば、貧困や疾病に苦しむ子どもたちの命を救うために寄付をするべきだというのだ。近くの命を救う義務があるならば、遠くの命も救う義務があるとシンガーは考える。
一方、目の前で溺れている子どもと地球の裏側で餓死しそうな子どもたちの状況は違っているため、異なる義務を課す異なる解決策が必要だという反論もされている。